Our Past and Present

「♪しゃ〜ぼんだ〜ま〜 と〜んだ〜 や〜ね〜 ま〜で〜 と〜んだ〜♪」
庭先で娘が明るく歌いながらシャボン玉を作り出している。
自分の体で。
娘はバブルスライムだ。
「♪や〜ね〜ま〜で とんで〜 こ〜われて きえた〜♪」
歌の通り、娘が飛ばしたシャボン玉は背向かいのアパートの屋根のあたりで弾けた。
普通のバブルスライムだったらこれで苦情の嵐が飛んできただろう。
だが、そんなことはない。
娘の身体や飛ばすシャボン玉からはほのかにいい香りがする。
・・・親バカで言っているんじゃないぞ?
現に、アパートのベランダにいる妖狐の女性も笑顔で娘と娘の飛ばすシャボン玉を見ている。
・・・俺や彼女がバブルスライムの臭いの依存症というわけじゃないぞ?
本当にいい香りがするのだ。
「・・・カオリが・・・明るい子に育って・・・良かった・・・」
妻のアイがずるずると半液状の体を引きずって庭出てきた。
その口調は娘のそれに反して非常に陰気でぼそぼそとしている。
「そうだな・・・俺はカオリには君が昔したような思いをさせたくないし・・・そして、させたような人に育てたくもない」
そう言いながら俺はアイと出会ったときのことを回想する。


俺が、その時はまだ名前がなかったバブルスライムのアイと出会ったのはもう20年も前のことだ・・・
当時小学生1年生だった俺は、一人で帰宅している途中、道端でへたり込んでうつむいている(ように見える)緑色の何かを見つけた。
近づいてみると、その何かは女性の姿をしていることが分かったが・・・
「うっぷ・・・」
ものすごく臭いことも分かった。
彼女がバブルスライムだと分かるのはもう少し先になるのだが・・・
『どうしたんだろう・・・なにかこまっているのかな?』
気になった俺は臭いのを我慢して彼女に近づいた。
「おねえちゃん、どうしたの? こんなところでなにをしているの?」
胸が大きかったし、しわくちゃのおばあさんといった姿ではなかったので、俺は「おねえちゃん」と声をかけていた。
・・・臭いとか言いつつも胸が大きいことはちゃっかり観察していたようだ。
当時からかなりエロガキだったな、俺は。
「・・・住んでいるところを追い出されたの」
ぼそりと彼女は答えた。
「そんな、ひどい! それじゃあねれないしごはんもたべれないし、おふろもはいれないじゃないか!」
俺はそう叫んでいた。
バブルスライムを知らない俺は、彼女が臭いのは風呂に入っていないからだと思った。
「かえるところはないの? ともだちはいないの?」
「・・・ない。くさいバブルスライムは・・・みんなの・・・嫌われ者だから・・・」
「そんな!」
子どもながらに胸を痛めた。
確かに臭いとは思ったがそれだけで風呂にも入れず、ご飯も食べられないのはあり得ないことだと幼い俺は思った。
「ぼくのおうちにおいでよ、そしたらおふろに入れるし、ごはんもあるよ」
俺はそう言ったが、彼女は首を横に振った。
「あなたのお母さんがたぶん許さないわ」
「う〜ん・・・」
そう言えば、かたつむりを何匹も持ち帰ったら母親にこっぴどく怒られたことがあった。
どぶ川で捕まえたアメリカザリガニを飼おうとした時も猛烈に怒られた。
おそらくこんなに臭う彼女を家に連れ帰ったらやはり怒られただろう。
そこで思いついたのは・・・
「じゃあ、ぼくのひみつきちにくるといいよ!」
俺は家の近くにある雑木林に自分だけの秘密基地を作っていた。
そこに彼女を住ませることにしたのだ。


こうして俺は秘密基地に彼女を住まわせ、世話をした。
何往復もして川から水を汲んでドラム缶に注いで即席の風呂を作って彼女を入れ(あいにく、火をつけられなかったので水風呂になったが)、毎日学校の給食の残り物をちょろまかして彼女に食べさせる。
それから、名前が彼女に名を付けた。
「アイ・・・?」
名付けられた名前に彼女、アイが首をかしげる。
「うん、ぼくのしんだいとこのおねえちゃんのなまえがね、アイってなまえだったんだ」
こう言う由来で俺はアイと名付けた。
今思えばずいぶんひどいことをしている。
いや、9歳のときにはそれに気付いた。
これではまるでペットだ。
そう思って、俺はあるときアイに尋ねた。
「ぼく、アイにひどい事していないかなぁ?」
そのとき、アイはこう答えた。
「こんなに優しくしてくれるの、ヨウスケだけだよ・・・」
だから俺はアイの世話を続けた・・・いや、続けることができた。


そんな生活が5年強続いた。
「卒業したよ」
「よかったね・・・」
卒業式の帰り、親に断って先に帰ってもらい、俺はアイに卒業の報告しに行っていた。
小学校の卒業だなんて当たり前のことだし、地元の中学校に進学したため、特に報告する必要もなかったのだが、なんとなくアイに報告したかったのだ。

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