抱いていた想いは花と散り・・・

『明日、結婚するの』
『おめでとう』
姉さんの言葉に俺は素直に祝いの言葉を伝える。
この気持ちは本当の気持ちだが・・・
『しかし、何でそれをわざわざ俺に伝えるかな・・・俺の気持ちも知っているくせに・・・』
『ごめんね』
『謝るな、余計に居心地が悪い』
姉さんには結婚して行って欲しくない、結婚相手の男が妬ましい・・・この気持ちも本当だ。
幼いころから想いを寄せていた姉さんが結婚するのは複雑な気分である。
『ここで会うのもこれで最後か・・・』
『最後だなんて言わないで・・・でも、ここは君と私が初めてあった場所・・・うふふ、あのとき君はベソをかいていて可愛かったわ・・・』
『昔のことは言わんでくれ』
具合が悪くなり、俺はツンと顔をそむける。
姉さんと呼んでいるが、彼女は肉親と言うわけではない。
子どものころからそう呼んでいるから、今もそう呼んでいるだけだ。
姉さんとは今密会しているここで出会った。
母親とはぐれ、お腹も空かして泣いていた俺に優しく声をかけてくれ、ホルスタウロスのミルクを分けてくれたのがきっかけだ。
それ以来俺は『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と呼んで姉さんに懐き、姉さんも俺を可愛がってくれた。
しょっちゅうここで会い、じゃれあったりお昼寝したりといろいろした。
ずっとこんな風に一緒にいられたらと思っていた・・・
ああ、俺にとってはまぎれもない初恋だったな。
だが、俺と姉さんが結ばれることはない。
姉さんに好きな人がいるとかそういうことを別にして、致命的な問題があった。
それを知った俺は荒れたっけな・・・
『ずいぶん荒れたから、心配したわよ? 今でもちょっとヤンチャだけど・・・』
『仕方がない、性分だ。ほっとけ』
昔のことを思い出したのか、今の俺の受け答えがおかしかったのか、姉さんが声に出さずに笑った。
つられて俺もクツクツと身体を揺らす。
ひとしきり笑った後、姉さんが真剣な表情で、でも切なげな様子も見せながら尋ねた。
『もし良かったら、君も一緒に・・・』
『それは遠慮しておく』
それはだめだ。
すぐに俺は断る。
『俺がとち狂って姉さんの旦那や子どもを襲ったらどうする?』
冗談めかして伝えるが、実際にやってしまいそうな気がする自分が怖い。
他にも理由はあるが、俺は姉さんとは一緒に行かない。
それはだいぶ前から心に決めていた。
『それよりも姉さんにお願いがあるんだ・・・』
『何?』
『抱いてくれないか?』
姉さんが急に吹き出した。
『君、それはとらえようによっては「交尾」してって聞こえるわよ? というか、オスが言うセリフじゃないわ』
『そ・・・そうなのか? すまない』
『別にいいわよ。君が何を望んでいるかは分かったから・・・』
そう言うと姉さんは俺から少し離れる。
姉さんの身体がぱっと輝き、次の瞬間には正体を見せていた。
猫の手足と耳、そして腰からは2本の猫の尻尾・・・
ネコマタ・・・
これが姉さんの正体だった。
「おいで・・・」
「みゃう♪」
姉さんの許しを得て俺は姉さんの膝の上に飛び乗って丸くなる。
姉さんが俺の喉元を撫でると、俺の喉からごろごろと口を開いてもいないのに声が漏れた。
そう、いくら俺が姉さんを想ってもこの想いは実らない・・・
姉さんは猫ではなく、ネコマタ・・・猫の姿は想いを寄せた男を試すための、仮の姿・・・
人間の男と交わり、ネコマタの子を成すのが本来の姿・・・
猫の俺が姉さんと結ばれることは絶対にない・・・
だから・・・
「ねぇ、本当に・・・」
『しつこいぞ、俺は姉さんには飼われない。野良として生まれ、野良として成長した俺は野良で一生を終えるつもりだ。ああ、この後、人に飼われるつもりもない。俺を抱くのは姉さんが最初で最後だ・・・』
だから俺は姉さんから離れる。
想いを秘めたまま中途半端に姉さんのそばにいたくない。
想いを秘めるんなら、思いきって離れた方がいい。
姉さんのことを思い出に残して・・・
『だから、俺の体に刻みこんでくれ・・・! 人に抱かれる温かさを、特に姉さんに抱かれる温かさを、そして姉さんの臭いを・・・!』
姉さんは頷き、左腕で俺をぎゅっと抱きしめながら、俺を撫でた。
俺は俺の気が済むまで温かいに姉さんに抱かれて撫でてもらい、姉さんも俺の気が済むまで、そして自分の気が済むまで俺を膝に抱いて撫で続けた・・・





『さぁ、俺は行く。 ここに来る事はもうないだろうな・・・』
「本当に行っちゃうの?」
『ああ、何にも縛られず自由奔放に生きるのが野良猫だ。ここに来たら俺は俺の姉さんへの想いに縛られてしまう』
姉さんの身体から離れ、俺はそう告げる。
ここに来たら姉さんに会えるかもしれない・・・そう期待してここに縛られる俺が嫌だ。
それと同時に、姉さんを俺の想いで縛りつけるのも嫌だ。
姉さんへの想いは、
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