捨身、ふたつひとつ

昔々の話だ。
ジパングのある山でウシオニが現れた。
ウシオニというのはジパングにいる魔物の中では珍しく人に害をなすほど凶暴な者で、常に男を徹底的に犯し、蹂躙することを考える『怪物』である。
あるときそのウシオニが近くの村を襲撃しようとしたが、たまたまその村にいた旅の女剣士が立ちあがり、その武を持ってウシオニを村から追い払い、さらに追撃をした。
それ以来村には平穏が戻ったが、その女剣士も戻ってこなかった。
女剣士は相討ちでウシオニを退治したのだろう、そう考えた村人は女剣士の魂を慰めようと村の中に祠を建てたそうだ・・・



「何と言うことでしょう。それでは安心できませぬ。ウシオニはそのような甘いものにございませぬ!」
先のウシオニの襲撃および女剣士による退治から1カ月後のこと・・・旅のジョロウグモとその夫が村にやってきてウシオニの話を聞いたのだが、聞き終わったとたんにそう叫んだ。
「な、何ゆえにございやしょうか?」
「ウシオニと言うのは再生力の強い魔物・・・ちょっとやそっとでは退治されませぬ」
「それに・・・」
ジョロウグモの妻の言葉を受け、夫が話す。
「仮に退治できたとしても、ウシオニには非常に濃い魔の血が流れている・・・その血を女子が浴びれば、彼女もウシオニとなってしまうのだ」
夫の言葉に村人たちは震えあがった。
「一か月経ってもウシオニが再び襲撃に来なかったということは、先のウシオニは討ちとられたのでしょう。しかし、その血を浴びた女剣士がウシオニとなり、この村を襲うことでしょう」
この言葉に村人たちは騒然とし、急遽寄合を開いてどうするべきか話し合った。
しかし相手は旅のジョロウグモはおろか、高位の稲荷ですらてこずる化け物である。
人間がどうこうできる相手ではない。
村人たちが絶望しかけたとき、一人の若者が立ちあがった。
「おらに考えがあるだ」
彼の名前は惣介と言い、親や兄弟に皆先立たれ、一人で暮らす者であった。
「先ほどそのたびの旦那と奥方に聞いたが、ウシオニは男を手に入れたら二度と人前に姿を現さず、巣に引きこもって男と交わり続けるらしいだ。だから、俺が行ってウシオニの婿になれば・・・」
「ならぬ、惣介! なぜお前がそのようなことをしなければならないのだ!?」
「そうだ、そんな生贄みたいなことはできないだ!」
惣介の言葉に村人たちは反対したが、惣介の意志は固かった。
「どうしてそこまで・・・」
「おらには分かるだ・・・きっと・・・」
「きっと?」
「いや、なんでもないだ」
惣介は首を振り、そして続けた。
「ともかく、おらには親兄弟ももういなければ妻もいねぇ。みながおらを引きとめてくれるのは嬉しいだけど、行くのはおらが適任だ。村長、許可を・・・」
惣介の言葉に村長は目をつむって考えていたが、やがて苦しげに絞り出すような声で惣介に行くように頼んだ。



数刻後・・・自分が持つ服の中で一番きれいなものを身にまとい、惣介は山の中の洞窟にたどり着いていた。
おそらくここがウシオニのすみかなのだろう。
途中で点々と続いていた魔力が放たれている血の塊をたどればここに着けた。
そしてそこには・・・
「く・・・来るな・・・命が惜しかったら来るな・・・があああ!」
苦しげな声を上げるウシオニがいた。
肌は緑色で頭からはねじ曲がった角が二本生え、黒い毛におおわれた蜘蛛の下半身をもつ魔物だ。
だが、彼女にはあの女剣士の面影があった。
「以前の女子のお侍さんだだな?」
「来るなと言っているだろう! 襲われたいのか!?」
今にも襲いかかろうとする自分を必死で押さえるかのように腕を抑えて身体をわななかせながら、ウシオニは叫んだ。
「今はまだ自分を抑えられているが、やがて私は身も心も完全にウシオニになってしまう・・・村を襲い、男を問答無用で連れ去って犯す、他の魔物と違って共存は相容れられない化け物になる!」
ウシオニの怒号に、恐怖を感じて少しひるんだが、だが惣介は退かなかった。
「本当は私がウシオニに討伐した時点で村の者に避難するよう言いたかった・・・だが、この心と身体で行けば私は村の男を襲うだろうし、村の者も私を攻撃するだろう・・・だから行けなかった・・・さぁ、今のうちに村に帰って・・・」
「お、おらは自分の意思でここに来ただ!」
ウシオニの言葉を遮って惣介は声を上げた。
「村を捨てて新たな生活するだ、やっぱり並み大抵じゃないだ。飢え死にする人もきっと出るだ。だから、お前さんが村を襲わないように、おらがお前のお婿さんになるだよ」
「・・・・!」
惣介の言葉にウシオニは言葉を詰まらせた。
「どうしてそこまで、村人のために・・・」
「村人のためだけじゃないだ。お前さんのためでもあるだ!」
「私の・・・ため・・・?」
ウシオニの言葉に惣介は頷き、続けた。

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