「梅軒(ウメノキ)君、このたび君にはこの課の係長になってほしいのだが・・・」
ある日のことだ。
人事課に呼び出されて、私は書類を渡されて唐突にそう告げられた。
「ちょうどそこの係長の異動が決まってね、新たな係長を探していたんだが、仕事で優秀な成績を納めている君に白羽の矢が立ったのだよ・・・課ごと異動してしまうが・・・どうだ、受けてはくれないか?」
「・・・やります、やらせてください」
「・・・もうちょっと、嬉しそうに言えばいいのに・・・」
特に仕事が好きということはないが、生きていく上でやはり仕事は大事だ。
・・・生きていく上と言ったが、そもそも生きるとはなんだろう・・・?
そう簡単に答えが出るものではないが、とりあえず今は仕事をして、お金をためておきたい。
男を襲って結婚して子どもを作るのはまだいい・・・と言うか、あまりいい男がいない。
繁殖期に入っても襲いたいという気持ちが起こらないのだから・・・
ちなみに今は繁殖期は終わっている。
次の繁殖期まで数カ月はある。
それはともかく、こうして私は【福来観光 営業・企画課 第3係長】になったのだが・・・
『なに、ここは・・・』
その課は不良とまでは行かないが、私が前にいた課と比べて士気が低く、たるんでいた。
ダラダラしながら仕事をやり、結果残業にかかる・・・書類提出を待つ私の身になってほしい。
正直に言って、私は決して優秀な方とは言えないと思う。
少なくとも、前にいた課の上司のアヌビスには手腕は悔しいが劣る。
高校や大学でも成績は上位のほうとは言えトップクラスではなかったし、作業的な宿題やレポートなどを近くにいる知り合いに頼ることも珍しくはなかった。
ただ、やるべきことだけをやってきた、それだけだ。
そんな私の目から見て、やるべきことだけをやる・・・それだけでいいのに、この課の人間はのんびりしすぎている人間(あるいは魔物娘)が多すぎる。
『部下としてもこれではちょっと使えない・・・』
私はうんざりする。
いや、ひとり使える奴がいた・・・
吉田 晋介・・・入社2年目のひよっこだ。
この課にしては珍しい元気な返事ときびきびした動作、仕事のためにあちこち一生懸命走りまわる姿が、好感が持てる。
ちょっとおっちょこちょいなところが難点だが・・・まだ若さにあふれ、勢いで道を切り開く力を持っていた。
私には少々異質な存在だ。
私は入社したころから今のように黙々と仕事をこなしてきていたのだから・・・
『これが新しい環境・・・今までの仕事と違って、私一人ですぐに何とかできるというものでもないけど・・・』
仕事であることは変わらない。
これまでの仕事のように、いつも通り、私は淡々と係長の仕事に手をつける。
私が係長に就いて数週間経った。
課の雰囲気が少し変わってきたのを感じる。
『上手くいったみたい・・・』
席からオフィスを見渡し、一人の人物に目を止める。
吉田だ。
彼のきびきびした行動は、ぬるいこの課の空気を変えることができるのではないかと思った私は、誰に頼んでもよさそうな仕事は彼に回すことにしたのだ。
私が呼ぶたびに彼が元気に返事をし、その返事が課の、少なくとも私の係のところの雰囲気を少し引き締めたものにしていた。
『忙しい時に頼むこともあるから・・・少し褒めてやってもいいのかもしれない・・・』
パソコンの画面に目を戻し、自分の仕事をする。
「わ〜! やっちまった〜!」
いきなり吉田が悲鳴を上げた。
少し前にコピーを頼んだのだが、どうやら何か失敗してしまったようだ。
「・・・・・・」
前言撤回。
吉田、お前はもう少し頑張れ。
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