一章 彼女は語る

「まったく……」
斉田が腕を組んで不機嫌そうに言う。
悲鳴を家族に聞きつけられてどうしたのかと聞かれたが、ゴキブリが顔を横切ったと言ってやり過ごした。
「人の顔を見ていきなり悲鳴をあげるなんて失礼じゃない?」
「いや、夜中にいきなり人に部屋に入り込んでたらそりゃびっくりするよ」
そもそも人じゃないじゃないかと、心の中で俺はつぶやく。
腕を組んで俺を睨んでいる斉田には足がなく、ぷかぷかと宙に彼女は浮いている。
さらにその体はスリガラス越しのようにぼんやりとしていておぼろげだ。
そう、彼女、斉田 史織はゴーストとなって、俺の部屋に今いた。
ちなみにさきほどの夢は、寝ている俺に憑りつき、夢に自分の妄想を流し込んで見させたものらしい。
「私がゴーストとして出たから驚いたんじゃないの?」
「それはないと言ったら嘘になるけど、まぁ、ゴーストは珍しくはないし……それに、部屋にいたのがサキュバスでも俺は同じようにびっくりしたさ」
ゴーストの存在を知らなかったら俺は仰天して失神していたかもしれない。
だが、ここは魔物娘が普通に闊歩する世界だ。
クラスメイトにも魔物娘は結構いる。
斉田がゴーストとして出ても、驚きはするが不思議ではない。
そんなわけで俺は気絶せずに済んでいた。
「ふぅん……まぁ、いいか」
ムスッとした表情で斉田は頷く。
生前と変わらずな表情を浮かべている顔だが、そばかすなどは綺麗に消えていた。
パサついていた髪も滑らかになっている。
魔物化すると男を誘うのに都合が良いようにルックスが良くなるらしいが、その影響のようだ。
それはともかく俺の反応に関しては、彼女はとりあえず納得したようだが、俺は納得していないことだらけだ。
とりあえず、質問する。
「で、なんでここにいるんだよ?」
「……なんでとだけ言われても何から話せばいいか分からないわ」
俺の質問をバッサリと、上から目線で斉田は切り捨てる。
ゴーストになったばかりであまり頭が働かないし、とぼそりと彼女は付け加えた。
『う〜ん、確かに……俺の訊き方だと、ふた通りの捉え方があるな。まぁ、どちらも訊きたいんだけど』
俺は思い直して、質問し直した。
「ゴーストになったということは、この世に何か未練があるんだよな?」
そもそもゴーストというものは死んで肉体を失った人間の魂が魔物の魔力と結びついて魔物になったものだ。
そしてこの世に未練があればその未練が強いほど魔力を引き寄せてゴーストになりやすいのだという。
「何があったんだ?」
彼女の未練が何なのか俺は訊ねた。
そうそう、そう言うふうに訊きなさいよとつぶやいてから、斉田は遠い目をして話し出した。
「先日受けた東帝大学の合格発表が見れていないのが、どうしても心残りなのよね」
なるほど、東帝大学に受かるために高校はひたすら勉強に打ち込んできた彼女だ。
それは心残りだろう。
「で、合格していることが分かれば、成仏できそう、と?」
「そういうことね……って、なんで合格しているってことが前提なの?」
「いや、斉田だし……」
俺がそう答えると、斉田はぷいっと横を向いて頬を膨らませる。
「私だからって……私はいつも不安だったのよ? 計算ミスしなかったかとか、またあなたにテストで負けるんじゃないかとか……いつもプレッシャーだったんだから」
「そう……だったのか……」
意外だった。
常にガリ勉をしてひたすら目の前のことを勉強しているように見えたが、そんな不安も抱えていたらしい。
「な、なによ? 私の顔に何か付いている?」
「いや、何も……そして、なんで俺の家に来たんだ?」
思わず斉田を見つめていたことを訊かれたので、俺は質問をしてその問いを受け流した。
そう、これも疑問なのだ。
なぜここに、どうして斉田は彼女の家に戻らずにここに来たのか……
それを聞くと、斉田はまた顔を背けた。
だが先程はぷいっと横を向いたが、今度は戸惑うように斜め下に顔を向けている。
「それは……その……あまり家に帰りたくなかったし……」
またも明かされる意外なことに俺は驚く。
ガリ勉で真面目な斉田なのだから、真っ先に両親に顔を見せてゴーストになったことを明しそうなものだが……
「だからってなんで俺の家に来るんだよ……」
「何よっ! 他に頼れそうな人がいなかったのよ!」
他に頼れる人がいない……女性に言われたら嬉しいセリフではあるが、この状況は素直に喜べない。
たしかにクラスで斉田と一番話していたのは俺くらいだ。
他の家に転がり込むことはできなかったのだろう。
となると、これから先どうなるのか?
嫌な予感がする。
「とりあえず私は家に帰らないからここに居候させてもらうわよ!」
「勝手に決めるなーっ!!」
予想通りかつ一番面倒な言葉に俺は悲鳴をあげた。





こうして俺はゴーストとなった
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