そして今・・・

「稲荷が働く、ホテル内に稲荷神社があるホテルか・・・それはご利益があるなぁ」
俺がそう言ったときだった。
突然、琴葉の顔が悲しそうに歪んだ。
『えっ・・・? 俺、何かまずいことを言ったか?』
躊躇っていると、琴葉はそのまま俺の胸の中に倒れるようにもたれかかってきて、しがみついた。
「琴葉?」
「うちな・・・悔しいんや。このホテルや町が繁盛してはるのは、みんな母さまのおかげなんやわ」
俺にしがみついたまま琴葉が突然しゃべりだす。
しがみつかれ、顔を押し当てられている胸の辺りが熱い・・・薄い浴衣だから琴葉の顔の熱さがほぼ直に胸に伝わる。
考えてみれば、結構の量を飲んだ・・・
「このホテルに来やはった男のお客さんに『サービス』することがあるん。そのことに関してはお客さんの記憶を濁して『楽しい気分を味わえた』ってことだけ残して返し、また泊まりに来ることを狙うんやけど・・・」
サービス・・・琴葉の口ぶりで検討はついた。
つまり・・・性的なもの、夜伽なのだろう。
「うちらにとってでもあるん。魔力を補充するには精が必要さかい・・・」
精・・・文字通り、男性の精液のことだ。
これも、故郷を出てから読んだ魔物の図鑑に書いてあった。
魔物はこれを口や性交によって摂取し、魔物の魔力に変換する。
変換された魔力は男を魅了するのに使われたり戦うのに使われたりするのだ。
フロントで働いていた琴葉のように耳や尻尾を隠して人間のように振舞ったりするのにも魔力は使われ、精を必要とする。
「せやけど、うちはそげなこと、出来んかった・・・みんな母さま任せにしてはったの・・・」
「なぜ・・・?」
思わず、俺は声を絞り出すようにして訊ねていた。
琴葉がキッと顔を上げた。
その顔は酒のせいなのか、緊張のせいなのか、怒っているのか、かなり赤く、そして涙でぬれている。
そんな琴葉が俺に、はっきりと言い放った。
「大地のことを、好いとったからや!」
心臓が一跳ねして、そのまま止まったかと思った。
顔を少し伏せて琴葉は続ける。
「ずっと、ずっと好きやった・・・一人ぼっちで遊んどったところに声をかけてくれたのが大地やった・・・嬉しかった・・・一緒に遊ぶときもいつも気にかけてくれはった・・・そして、この森を守るって言うてくれはったのも大地や・・・!」
だから、男から精を摂取することをせず、ずっと大地を待っていたと、琴葉はうつむいた。
琴葉の突然の告白に、胸を金属バットで殴られたような思いだった。
そしてさらに思い出す。
『なんのために俺は森を守ろうとしたんだ?』
琴葉には
『子どもたちが遊ぶ場が消えないように、琴葉たちが住む場所がなくならないように』
と言ったのだが・・・
『大きなこと言ってみてかっこつけてんじゃねぇよ・・・!』
俺の中でもう一人の俺が意地悪く言う。
そしてさらに気づく。
『ああ、つまり俺は・・・』
俺は力の限り、琴葉を抱きしめた。
「・・・大地?」
「俺も、琴葉のことが好きだ・・・子どものときから好きだった・・・森を守る仕事に就いたのも、なんのことはない、好きだった琴葉を守りたかったからだ」
それだというのに、このザマはなんだろうか。
プロジェクトを成功させるのに夢中になって根本的なことを忘れ、そして今、守るべき琴葉は泣いている・・・
「全然約束を守られていないじゃないか、まったく・・・」
「ううん、大地は約束を守ってくれはったよ・・・」
涙で濡れた顔をクシャクシャっと崩して琴葉は笑う。
その笑顔は最高にかわいらしかった。
あっ、と琴葉は何かに気づいたような顔をし、再び笑った。
今度は悪戯っぽい笑みだった。
「せや、約束を守ってくれた暁にはもう一度接吻する約束やったな?」
そう言って琴葉は眼を閉じ、俺を待つ。
俺は思いをこめ、約束のキスをした。


「ん・・・はふっ・・・んぅ・・・」
「・・・・っ」
灯りを消した部屋に琴葉と俺の吐息が響く。
互いの舌を絡めあい、唾液を味わい、くちびるを押し付ける・・・先ほどのキスより、ましてや15年前の子どものキスとは全く違う、貪るようなキスを交わす。
15年も互いへの思いを溜め込み、気持ちを確認し、口付けまでした俺たちは止まれなかった。
「随分せっぷんがうまいどすなぁ・・・何人の女子を泣かせはったやろ?」
意地悪そうに微笑みながら琴葉は問う。
純粋に感心もしているようだが、かすかに嫉妬も感じられた。
「さぁな・・・」
過去に付き合った女性は何人かいたが、何か満たされなかった。
どこかで琴葉のことを思い続けていたからだろうか・・・
「そう言う琴葉もうまいんじゃないか?」
「うち、母さまから精をもらうときは接吻か、赤ちゃんがお乳を吸うかのようにしてもろうてたさかい・・・」
なんて淫靡だろうか。
「あ! 大地、今その様子を考えてはった
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