「お代官様……その節はありがとうございました」
「なぁに、大したことではない」
ここはジパングのとある屋敷……
そこで二人の男が密談をしていた。
代官の両岡 伸衛門と商人の伊智後屋である。
「それよりいつものアレ、用意しておろうの?」
「分かっております、分かっておりますとも」
伸衛門の言葉に伊智後屋は片脇に置いていた、紫色の包みを伸衛門に渡す。
「お代官様のお好きな……山吹色のお菓子にございまする」
「おうおう、いつもすまんのう。わしはこの甘いお菓子に目がなくてのう」
「ささ、おあらためください」
伊智後屋に促されて伸衛門は包みを開く。
包まれていた桐箱を開くと、繊細な最中が並んでいる。
だが、その並べられている最中の箱の底を開くと……
中にはおびただしい量の小判が詰まっていた。
「お代官様、例の件なのですが……引き続き、伊智後屋をお引き立てくださいますよう、よろしくお願いしまする」
「分かっておるわい、わしに任せておくがいい」
そう、この代官、両岡 伸衛門は伊智後屋から賄賂を受け取りその分、伊智後屋に便宜を取り計らうという、いわば悪代官であった。
もともとは真面目な武士であったのだが、家のために金が入用になってから不正を働き始め、自身の欲望や伊智後屋との縁が切れないこともあり、今もなおずるずると不正を働き続けている。
「ありがとうございまする。ただお代官様……今宵、私がここに参りましたのは他の件もございまして……少々、お耳を拝借……」
伊智後屋は代官の耳に口を寄せ、何事か囁いた。
「……このことに関して、便宜を図っていただけないでしょうか?」
「むぅ、そのくらいは構わんが……」
逆接で終わる伸衛門の言葉。
その言葉に伊智後屋はにんまりと笑う。
「その分、今宵は代官様にいつも以上にお菓子を用意させていただきました」
「心得ておるではないか。お主も悪よのう」
「お代官様ほどではございませぬ」
二人は顔を見合わせてくくくと笑う。
「さて、今宵のお菓子は特別にございまする……これこれ!」
伊智後屋が手を叩いて呼ぶと、彼の丁稚が二人、大きな箱を抱えて入ってきた。
抱えている箱は千両箱などより幾回りも大きい。
その大きさに伸衛門はかすかに顔をしかめた。
「伊智後屋、少々大きすぎるのではないか?」
「あい、すみませぬ。しかし中身はきっとお代官様も気に入っていただけるもので……へへへ。失礼つかまつります」
伊智後屋は箱を縛っていた縄を解き、蓋を開けた。
そして手で伸衛門に中身を見るように促す。
怪訝な顔のまま箱の中をのぞき込んだ伸衛門だが、その目が驚愕に見開かれた。
「い、い、伊智後屋!? これは一体……!?」
「へへへ……いかがですか? 素晴らしい『山吹色のお菓子』でございましょう?」
代官が驚愕した『山吹色のお菓子』。
それは……子どもの稲荷であった。
箱の底でうずくまって眠っているその稲荷は、歳は十も行っていないように見える。
その稲荷を伊智後屋は軽く叩いて起こした。
「これこれ、代官様の前ぞ。起きて挨拶をせぬか」
「ん〜……むにゅむにゅ……」
稲荷は眠たそうに目を擦りながら身を起し、箱から顔を出した。
「りんともうします……よろしくおねがいします……」
ぺこりと伸衛門に頭を下げる。
口調はやや間延びしており、目もとろんとしていて眠たそうだった。
「わ、わしはこの国の代官、両岡 伸衛門じゃ」
伊智後屋の貢物の内容に衝撃をまだ拭いきれていなかった代官の声はやや上ずっていた。
「眠いじゃろう? 今は休むがいい」
「ふぁい……」
やや呂律の回っていない口調で稲荷は一言返事をし、そのままゆっくりと崩れ落ちるようにしてうずくまり、再び寝息を立て出した。
今は子の刻(ねのこく:深夜0時)だから、仕方がないと言える。
「お優しゅうございますな、代官様」
「……伊智後屋、お主……あの稲荷をいかがして手に入れたのじゃ?」
確かに山吹色じゃがとつぶやき、眉をひそめて伸衛門は訊ねる。
にこにこと笑いながら伊智後屋は答えた。
「何もやましいことはしておりませぬ。親を亡くして街をふらふらしていたところを拾っただけにございまする。手前の嫁も刑部狸でして、同じ魔物娘を放っておくことはできず……」
ちなみに名前はこのように書きまする、と伊智後屋は示す。
「倫」と言うらしい。
「しかし狐と狸はあまり仲がよろしいものじゃないようで、手前のところで育てるよりはお代官様のところでと……」
「それで拾ったものをわしに押し付けるのか?」
「拾ったものと言えばそうなのですが、そこらへんの猫などとは違いまする。なんと言っても稲荷ですぞ。それもまだ幼き者……お代官様好みの女子に育て上げることができまする」
伊智後屋の言葉を半ば聞き流しながら、伸衛門は考える。
彼には幼女嗜好もないし
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