「今日も一緒に練習しよ♪」
数週間後の火曜日。俺はまたルイに誘われた。正直、気が重い。ルイにサックスを任せたのはやっぱり間違えだったんじゃないかと、あのときの自分にぼやきたいくらいだ。
ルイはトランペットじゃなくても天才だった。横で聞けば聞くほど、分かってしまう。別に俺は今後音楽で食っていくこととかあまり考えていないけれども、それでも自分との実力差を分からされると辛いものがある。そして、別に音大生でもなんでもない俺がそう感じるのだ。プロの耳から聞いたら、なおさらその差は如実に見えるだろう。
そうなると、俺の今までやっていたサックスも惨めなものに思えてしまうのだ。
そうだ。そもそも俺はなぜトランペットを敬遠するようになったか。ルイの存在があったからだ。太陽というものは明るくすべてを照らすみんなの憧れではあるが、それはときに眩しすぎて目を灼いたり、草を枯らしてしまう。
だから、そんなルイから離れたくて、俺はサックスとかにも手を伸ばしたのに、そこまで侵食されようとは……今後、どこに行っても俺は惨めな思いをするのだろう。
「どうしたの、のぶくん?」
そんな俺の思いを知ってか知らずか、ルイは不安そうに俺に声をかけてくる。
「なんか、練習に集中できてないように思えるんだけど……」
俺が演奏しているときに考えていたことを見透かされたようで驚いた。いや、確かに集中できていないのも事実だ。
「……いや、なんでもない」
「そう……」
再び俺たちは楽器を構えて演奏したが、やっぱり俺は集中できない。もう時期が時期だから譜面ミスこそしないが自分の演奏があまりに空虚に思えた。いや、もしかしたら俺の演奏自体が空虚なのかもしれない。
「やっぱり集中できてないよね……」
しばらくして演奏を止めてルイが呟いた。その瞳は悲しそうだった。
「なんで? なんで集中できないの? ……やっぱり私が急に来て邪魔してるからかな」
「いや……」
俺はため息をついた。もう誤魔化せないか、と。
「……なんか、惨めなんだよ。ルイがトランペットだけじゃなくてサックスも上手くて。今まで俺がやっていたことはなんだったのかな……とか……」
そう俺が打ち明けると、ルイは困ったような顔をした。ややもすると泣き出してしまいそうだった。
親やサルピンクスという種族の都合上、ルイの天才的な腕を僻む人は少なくないと聞いている。きっと、今俺が言ったようなことを、別の人間にも言われたことがあるのだろう。それを俺が言ったのだ。
俺は自己嫌悪に陥いる。自分が下手なだけなのに、自分が勝手に僻んでいるだけなのに、なんでルイを困らせてるんだ、と。
「悪い。今日はなんか調子悪いから帰るわ」
トランペットのピストンを抜いて水抜き(溜まった唾液などを抜く)をしようとしたが、ほとんど溜まっていなかった。当然だ。そんなに吹いていなかったんだから。これだったらスワブ(掃除道具)も通さなくていいかとも思ったが、ルイの前でそんな手抜きはできないと思った。ただでさえ下手なのに楽器の手入れさえまともじゃなかったら、それこそ最低なクズだ。
ルイは何も言わない。どんな表情をしていたかは、見ていないから分からなかった。
手入れを終えた俺はトランペットをしまい、俺は音楽室Uを出ようとした。そのとき、ようやくルイが声をかけてきた。
「のぶくん……のぶくんはどうして楽器をやろうと思ったの?」
ドアノブに手をかけた俺は一瞬、その質問の意図を考えたが、惨めになるので首を振ってそのまま出ていった。俺が階段を降りようとしても、サックスの音は聞こえてこなかった。
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