そろそろ日が沈むころ、とあるハーピーが人間界の号外だとのことで私のポストに新聞を投げてくれた。このかなり高い霊山にまでひとっ飛びとは言え配達してくれる彼女に、私は相場の倍の銀貨を渡した。寝室に戻り、その記事を見る。
「そうか、ニスコス12世が死んだか……」
「何かあった?」
ベッドからけだるげな声が聞こえてきた。振り向くと私の妻、ロミアがこちらを見ていた。
「ニスコス12世が亡くなったとのことだ」
「そう……」
興味なさそうに妻は軽く息をついて、再び枕に頭を沈めた。その頭からはゆらゆらと炎が立ち上っている。だが本人は熱がる様子はまったくなく、その炎が寝具を舐めても燃え移る様子はない。身体にかけられているベッドカバーからは収まりきらなかった、頭髪と同じように炎のように真っ赤な翼が背中から広がっている。
フェニックス……誰もが知る、死しても蘇り永遠の時を生きる「不死鳥」。それが私の妻だ。
永遠の時を生きる彼女たちにとって、他人というものは儚い存在であり、興味があまりない。今、ニスコス12世の崩御を聞いても興味ないように。もっとも、私も特別に何かあるというわけではないのだが。ただ、ニスコス1世の誕生を知っている者としてはそのくらい時が経ったのかと感じる。
とは言え、ニスコス12世のことを聞いてロミアが何も感じなかったかというと、そうでもない。人間離れした数え切れない年月をともに過ごしていれば、分かる。かすかに眉がよって”気にした”ことを。
不死鳥とて死ぬ。死んでもすぐに蘇るだけで、死ぬ。その恐怖は、他の者と比べたら軽いかもしれないが、ないわけではないのだ。このフェニックスのつがいとなり、彼女とともに転生を繰り返す私とて、同じ恐怖を味わっている。
転生の炎に自分や私が身を焼き尽くされ……そのまま目覚めなかったらどうしよう。いやそれだけならまだいい。
二人が相手のことを覚えていなかったらどうしよう。この恐怖は常に私達にあった。他のフェニックスの個体やそのつがいはどうかは知らないが、私達は実際に何度かあったのだ。自分が愛している相手が自分のことを認識してくれない……これは気が狂いそうになる。最終的には記憶をだいたいは取り戻すのだが、それでも何世代分もの記憶をすべて克明に覚え思い出すわけでもないし、また記憶を取り戻すのに十年二十年かかったこともある。その間の時間は……ロミアは「初対面をもう一度味わえるなんて新鮮だ」と嘯くが……地獄だ。もっとも、"相手のことを想起できなくても、"魂"と"身体"は覚えているのか、私達は何度も惹かれ合い、愛し合うのだが。
寝室を一度出て、私は居住としている神殿の地下に向かう。そこにはフクロウを連れているロミアの石像がある。その像の前にはロミアの魔力で作り出した、燃え尽きることのない炎の祭壇があった。
その炎に私は号外の紙を投げ入れた。紙は炎でぱっと燃え、その光はホタルのように浮かび上がり、ロミアの像の胸元に吸い込まれる。
これはそれまでのことを記録している、アーカイブの像だ。悠久の時を生きる私達は外界で起きたことが書かれている新聞や自分たちの日記をすべてここに保存している。転生した私達が記憶を失っていた時、それを思い出せるように。
像の足元の石版に覚書きが書いてある。「日記を書いて燃やす」「新聞を燃やす」。
やるべきことを終えた私は寝室に戻った。ロミアは先程と同じ姿勢でベッドに横になっている。先程のニスコス12世が逝去したことを聞いてもそっけない調子だったのは、興味がなかったからというだけではない。身体がだるかったからだ。
"寿命"が近づいていた。運命を同じくするものだから分かっている。
暮れかかっていた日も沈んだ。今日は特別に長い夜になりそうだ。"今夜そうする"と決めていた。
私はベッドに潜り込んだ。すかさずと言った調子でロミアの手が私の身体にとりついてくる。自ら熱を持つふわふわとした羽毛が私の身体をなでた。抱きついてきた不死鳥を私はそっと抱きしめ返す。その耳に、覚悟していた言葉がささやきかけられた。
「ジョージ……最期に、抱いて」
小鳥がついばむようなキスを互いに数度、挨拶代わりに繰り出す。そこから互いにゆっくりとくちびるを押し当てて、舌を差し入れる。入れられた舌が絡み合い、互いに唾液を交換する。同時に、彼女の翼が私の背中を包んできた。お返しをしたいところであるが、あいにく私には翼はない。代わりに抱きしめる力を強くする。んっ、と彼女が軽くうめいた。嫌がる様子はない。むしろこうすると喜ぶことを私は知っている。現に彼女の尾は嬉しそうにぴこぴこと揺れていた。
何度もしたキス。何度しても、生まれ変わってしても、飽きない。だが、それだけでは満足できないのも事実だ。
これが
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