最終章 セイン

 じゃり……じゃり……
 靴が岩肌を擦る音が響く。勇者セインは一人で洞窟の出口へと向かっていた。脚を引きずっているが、怪我をしているわけではない。
 じゃり……じゃり……
 靴が岩肌を擦る音が響き続ける。足取りが鉛のように重たく、足を上げて歩く気力がないのだ。
『姉さん……メープル……アンバー……』
 失った大事な仲間を思うセイン。彼女らの犠牲の果に得たものは自分の命だけ……他は何もない。そんな自分の命など価値があるのか。
「……」
 一瞬、自分の剣に目をやるがセインは心の中で首を振った。それは彼女たちが望まない、一番やってはいけないことだ。
『大丈夫ですよ、セイン。これは私達がしたかったこと……』
 自分たちの犠牲が無駄ではないことを訴えるように、アンバーが静かに笑っていう。
『何をしたいかだよ、お兄ちゃん』
 明るくメープルが笑う。
『お前が正しいと思ったことを……やっていけ』
 サフィが揺るぎない声で言う。
『僕は……僕は……』



 セインはイルトスト王国でもそれなりに名の知れた勇者の血の流れを組む家に嫡子として生まれた。それはそれは両親はもとより、いろんな人から彼は多いに祝福され、期待された。
 周囲から祝福され期待された子は大きく分けて2つの未来を進むだろう。その祝福を鼻にかける子と、その期待を背負う子と。
 セインは後者であった。彼は期待に応えようと努力を重ねる子であった。彼の努力と成長を周囲は褒め称え、さらに期待した。
 結果彼は……相手の"期待"を探り、顔色を伺い、それに応えようとする子になった。よく言えば優しい子、悪く言えば主体性のない子。
 いや、まったく主体性がないわけではなかった。確かに誰かから何かを言われればそれに従う。だが、誰からも意見がなければ彼は自分なりに考えて行動をする。なまじそれが彼の「主体性の無さ」を周囲から隠し、彼のいい人ぶりを買った。
 もっともそれが、人を救うこともある。不義の子である姉のサフィも、親の望む姿から逃れようとしたメープルも、逆に親の期待に応えようとして答えられなかったアンバーも。すべてセインの優しさに救われた者であった。
 そんな彼が、魔王討伐の命に任ぜられた。期待どおり、彼はその命を受けた。仲間については何も言われなかったため、彼は自分の希望通りにアンバー、メープル、サフィをパーティーに加えた。
 そして旅先で探しものを頼まれれば引き受け、山賊の討伐を頼まれれば引き受け、そして今回は"誠実の宝玉"の入手を頼まれ引き受けたのだが……



『僕は……』
 じゃり……
 とうとう、彼の足が止まった。彼は考える。
『僕は"何をしたい"んだ?』
 別に彼は誠実の宝玉などどうでも良かった。彼は魔王討伐も自分からは望んだりしていなかった。それが正しいかどうかなども自信をもって言えない。
 冒険の中で一番考えていたことは、頼まれていたことの達成と……
『みんなを守りたい……か』
 だがその守りたい人はいなくなってしまった。そもそもなぜ守りたかった? 仲間だから? 幼いころから一緒に過ごしたから?
「あらあら……結構いい顔しているはずなのに、ひどいことになっているわね」
 前から声が響き、セインはゆっくり顔を上げる。セインたち一行をここまで壊滅させた元凶、ダークスライムのプラムとフランがそこに立っていた。
「……」
 フランに嘲笑されてもセインの目に生気は戻ってこない。あまりの様子にプラムが恐る恐る声をかける。
「あのー、お兄さん? 何もしないの?」
「……別に僕は君たちを殺したいわけでもない。好きにすればいいだろ」
「怒るぞセイン。それはお前が正しいと思ったことなのか?」
 セインの言葉に、彼の後ろから声がした。
「何がしたいかだよ、お兄ちゃん」
 さらに響く声。ゆっくりと振り向く彼の目には生気が戻っている。その視線の先には
「さあ、今はセインの番ですよ。どうするのです?」
 サフィが、メープルが、アンバーがいた。みんな紫色の透き通った身体を持った、プラムやフランと同じ、ダークスライムになっているが、それでも彼女たちだった。
 人間をやめた彼女たちを見た瞬間、セインの胸にあったのは絶望ではなく喜びだった。人間じゃなくなっても戻ってきてくれた喜び。
『ああ……僕がしたかったことは、みんなを守りたいんじゃなくて……』
 セインは理解する。理解した彼は……
『みんなと一緒にいたいだけだったんだ……』
 仲間を抱きに、矢も盾もたまらず駆け出すのであった。



「ほら、セイン……もっと舌を出せ……」
 セインの両頬を手で包み込むようにしてサフィは彼を上に向ける。言われるがまま舌を出す勇者に女戦士も舌を出し、自らの唾液をぽたぽたとその舌にこぼす。固かった女戦士はその反動と言わんばかりに今
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