第六章 サフィ

 サフィはイルトスト王国でもそれなりに名の知れた勇者の血の流れを組む家に生まれた。そう言うと聞こえは良いかも知れないが、実際はその家に仕えるメイドに主が手を出して生まれたのがサフィだ。幸い奥方は寛容な人で、サフィの母親は側室として迎え入れられるが、周囲の目は決して温かなものではなかった。
 4年後、嫡子であるセインが生まれる。もっとも身近で年の近い異性としてセインはサフィに懐いたが……その頃にはサフィも物心がついており、自分がどのような存在であるかを認識していた。
 子どもというのは多感なものだ。そんな多感な子どもが、自分が非嫡子であることを自覚し、自分や母親の陰口を耳にしたらどうなるだろう? その心は穏やかではないだろう。非行に走る者もいよう。
 サフィは逆に非常に堅い人間となった。自分が白い目を向けられる原因ともなっただらしない父を憎み、それに連なりあらゆる不正や不正義を許さない性格へと育った。一見、正義感のある子どもとも言えたが、同時にそれは融通の利かない頑固な性格とも言えた。
 弟をいじめるような者がいたら徹底的に戦い、怪我すら負わせることもあった。遊びでルール違反をする者は徹底的に糾弾した。自分を始め悪口を言うメイドには面と向かって悪口を言うなとぶつかった。それゆえ、サフィは煙たがれることが多かった。それが彼女をなおさら堅く、孤高の存在としていった。唯一彼女が心を開いていたのが母親と、セインくらいか。
 そんなサフィは、非嫡子とはいえ勇者の血の流れを組んでいたからか、武術、特に槍の扱いについては秘めた才能を持っていた。そのため彼女は訓練所に通うことになる。ここで鍛えられた者は国の兵士になったり、あるいは認められれば勇者にもなれる。勇者の卵と言われる者の多くがそこに通い、実際セインは勇者になった。
 しかし、勇者の卵と言えど人格者であるとは限らない。サフィやセインの父親がそうではなかったのと同じように。そのような人間はサフィが一番嫌うタイプだ。彼女はよく訓練所内で衝突を起こした。当然、友達もできず孤立していく。
「姉さん、大丈夫?」
「この程度の傷、大したことない」
 よく怪我をして帰ってくるサフィにセインは声をかける。サフィは笑って見せるが
「傷もそうだけど、姉さんが心配なんだよ……」
「……気にするな、私は私が正しいと思っていることをしているだけだ」
 セインは口を開きかけるが何も言わない。サフィも言わんとすることは分かる。もう少し砕けても良いのではないかと。しかしそこを曲げると、自分が自分でなくなってしまうような気がする……だから曲げない。
 セインもそれ以上は言わなかった。サフィの言うことも分かるし、サフィの方が正しいと思っているからだ。だからセインは不安を抱きつつも、話を聞くだけでそれ以上は言わない。
 そして、セインの不安はかなり悪い形で的中してしまう。
 サフィにいつも制裁され、正面切った試合でも勝てなかった勇者候補と言われていた男二人が共謀し、サフィを捉えて暴行したのだ。恐怖、破瓜の痛み、怒り、それでいながら抵抗できない屈辱……サフィの心は闇に支配されかけた。
 そこに、次の年には訓練所に入り勇者になれると言われていたセインが現れた。状況を瞬時に理解した彼は……男達を半殺しにした。一人は再起不能なレベルであった。
 セインによる救出は嬉しかったが、これは良くない。男達は、能力こそ大したことがないが親がそれなりの力を持っていて入ったような者であったので、かなり面倒なことになる。もしセインがそれで勇者になれなかったりしたら……
 考えたサフィが出した答えは……男達を半殺しにしたのは自分だと名乗り出ることであった。それはサフィの初めての偽り・不正であった。
 男達のしたことがしたことなので厳罰にはならなかったが、少なくともサフィは訓練所にはいられなくなり、去る事になった。我慢ならないのがセインだ。
「なんでだよ姉さん!? 姉さんは何も悪くないじゃないか! それに……」
「言うな、セイン……これが正しくはないけど良い手だ……だから……もう私は私ではない」
 セインを守るためとはいえ、サフィは不正を働いた。自分を曲げた。それで自分が自分を許せなかった。
 しかしでは後悔をしているかと言うと、それはなかった。セインを守れたのだから。幼い頃からの数少ない心を開ける弟は、将来を犠牲にしてでも自分を害している存在に怒って行動をしてくれた時に、弟以上の特別な存在になっていた。
 そんな弟を守れたのならば、本望だ。もっとも、その気持ちがあるがゆえの不正であったので余計に自分が許せないのだが。
「……だからセイン。もう私を『姉さん』と呼ぶな……さらばだ、セイン。お前はお前がやりたいこと、お前が正しいと思ったことを……やっていけ
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