「くそっ、くそぉお!」
メープルを置いてダークスライムから逃げて少し行った先で。自分の無力さにセインは壁を殴りつけていた。これで仲間を二人失った。その罪悪感の重圧は計り知れない。少し離れたところで見るサフィも何も言えない。だが
「……行くぞ、セイン」
セインが力のない目でサフィを見る。その痛々しい視線を苦労して受け止めながら、サフィは続けた。
「二人は覚悟をもって私達を逃した。二人の犠牲を無駄にしないためにも、私達は進まなければならない。違うか?」
「でも……」
「ここで待っていても、泣いていても、二人は戻ってくるわけではない。苦しくても進まなければならないんだ」
それを示すかのようにサフィはセインの前に出て背中を見せた。無言で行くぞと誘う。
セインの目には力はなかったが、一人うなずいた。そうだ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。二人のためにも、自分達のためにも、進むしかないのだ。のろのろとサフィの後ろにつく。
「わかったよ……行こう」
重苦しい雰囲気の中、二人は無言で出口に向かって再び歩き始めた。
洞窟の出口まで後少しというところにたどり着いた。見覚えのある吊橋だ。木の板とロープだけで作られた、危うげな橋である。崖から崖をつないでおり、その底の深さは分からない。
二人は頷いて吊橋に足を乗せる。前にセイン、後ろにサフィ。慎重に二人は吊橋を進んでいた。行きでアンバーがこの橋を調べ、老朽化しているから注意しろと言っていた。そのアンバーは今はいないのだが。
そしてアンバーが警告していた通りであった。その橋は二人が中程まで進んだところでついにロープが切れてしまう。
「危ない!」
ガラガラと音を立てて崩落する橋。手すり代わりのロープに二人はぶら下がり、なんとか落下を防ぐ。だが、老朽化した橋は他にもガタが来ていた。フルプレートではないとは言え鎧を着込んでいる二人の重みに耐えかねて、橋を固定していた杭がぎしぎしと不穏な音を立て、ロープがピシピシと煙を上げている。
「くっ、もう限界か? サフィ、だいじょうぶか!?」
一人悔しげにつぶやき、セインはサフィの安否を気遣って自分より下側でぶら下がっている彼女に目を向けた。そして息を飲む。
サフィの顔に不安げな様子はなく、清々しい様子さえあった。まるで覚悟を決めたような……少し前にメープルやアンバーも同じような目をしていた……
「やめろ! やめてくれ姉さん!」
「ふふふ、私のことはそう呼ばないでくれとは言っていたんだが……」
たまに呼ばれてみるのも悪くない、と微笑みすら見せるサフィ。だがすぐに引き締まった顔に戻る。時間がない。
「セイン……私達がいなくてもしっかりな……大丈夫だ。やりたいこと、お前が正しいと思ったことを……やっていけ」
そして自分がいまやろうとしている彼女なりの「正しいこと」ことは、自分を犠牲にしてセインを助けること。
「じゃあな、セイン……」
そしてサフィは手を離した。セインの悲痛な呼び声が後を追ってきた……
わずかな間があってサフィは強い衝撃を受けた。だが、痛みは殆どない。底も見えないあの高さから落ちたら命の保証はないだろう……どんなに運がよくても骨折は免れないと思っていた。だが、何かクッションのようなもので落下のショックを吸収された。
「間一髪セーフ!!」
聞き覚えのある声が、何が起きているか分かっていないサフィの耳に届く。驚いて周囲を見渡そうとする。次の瞬間、サフィの四方からにゅっと紫色の人型粘体が伸びてきて彼女を覗き込んできた。ダークスライムである。どうやら彼女らがクッションになったらしい。
みんな見覚えがあり、とくにそのうちの二人が見覚えがある。
「やっほー、サフィ姉ちゃん。やっぱり無理したね?」
「こんなことになるんじゃないかと思ってたのですがどんぴしゃでしたね」
「メープル!? アンバー!?」
果たしてそこにいたのは、魔物に殺されたと思っていたアンバーとメープルであった。人間をやめてダークスライムになってしまっているが。人間のときの役割を表すかのように、アンバーは聖職者の帽子を、メープルは魔法使いの三角帽をかぶっている。
「お前たち、死んだんじゃ……」
「勝手に殺さないでよー。まあそう考えるのも無理はないけどさ」
ケラケラと笑うメープルは人間だった時と調子は変わらない。
「私達も誤解をしていました。ダークスライムと言うのは……」
アンバーも人間と同じように、丁寧な調子で説明する。なるほど、とサフィは納得した。だが同時に恐怖する。
今こうして自分はダークスライムたちに完全に囲まれている。武器も手放してしまっている。そうなると起こりうる展開は一つだ。
「サフィさんもとろとろになろうよ♪」
「気持ちよくとろかしてあげる
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