雨の日の排水路の流れは速い。その排水路の流れに船を乗せればきっと速く進む。その仮説のもと、大雨の日にエルマー少年は黄色のレインコートを着て、新聞紙を折った船をもって外へと飛び出した。
道路端にできた小さな小さな川に、船をそっと乗せて、手を離す。予想通り船はスイスイと進み始めた。エルマー少年は歓声を上げ、船を追いかけ始めた。
船は家を一つぶんぬけ、二つぶんぬけ、どんどん進んでいく。エルマーはそれを夢中になって追いかけた。
しかし彼は一つ大きなことを見落としていた。道路脇の水は最終的にどこに流れ着くのか? 排水溝へと落ちるのだ。当然、丹精込めて作った大切な船も。
「わーっ!? 待ってー!!」
叫ぶが命なき紙の船は聞く耳持たない。無情にも船は排水溝へと吸い込まれ落ちていった。数秒遅れてエルマーは排水溝へと駆け寄る。覗き込んでみるが深い闇が広がるばかりだ。船の様子は見えない。
エルマーの心に頭上の空のような重たい雲がかかる。雨で濡れてわかりにくいが彼の目には涙が盛り上がり落ち始めていた。せっかく作った船……それをたった数分で失ってしまうなんて……
もう一度覗き込んでみるが、船は見えない。さすがのエルマーもこの排水溝の中に入って探検をする気にはなれなかった。諦めて帰ろうとしたその時であった。
「はぁい、エルマーくん」
突然、排水溝から女性の声が響いた。ぎょっとしてエルマーは再び排水溝を覗き込んだ。
だしぬけに闇の中から顔が浮かび上がった。顔の半分は黒い仮面で多い、もう片方を白のドーランで塗り固めている。頭からは二本の角のようなものが伸びているがそこには星のマークがおしゃれに刻まれている。
仮面の目と口は三日月のように笑顔を作っているが、もう半分の顔もニコニコと親しげに、エルマーに笑いかけていた。
道化師……例えるなら、そうなるだろう。
「あれれ? 挨拶してくれないのかな? それともびっくりしちゃっているかな?」
現れた道化師は首をかしげてみせる。それは、人がいないはずの排水溝から突然現れたらそれはびっくりする。エルマーは目を白黒させるばかりだ。そんな少年を安心させるように道化師は優しく話しかけた。
「ほぉら、風船はいかがかな?」
どこからともなく、黄色の風船を取り出してみせる。エルマーのレインコートと同じ、彼のお気に入りの色だ。思わずエルマーは手を伸ばしたが、すぐにその手を引っ込めた。
「知らない人からものをもらっちゃいけないんだよ。パパが言ってた!」
自分の好意をピシャリを否定された道化師。だが彼女は笑みをますます強くした。
「おー、君のお父さんはしっかり者だねぇ。そんなお父さんの言いつけを守る君もとってもお利口さんだ」
父親のことと自分のことを良く言われ、思わずエルマーは小さく笑顔を作る。しかしすぐにエルマーは沈み込んだ声を出した。
「パパはもういないよ。りこんして出て行っちゃった」
「おーう、それは残念……お母さんはどうしてるかな?」
「お酒飲んでほかの男とあそんで朝に帰ってくるよ。アバズレだから」
「おおっと、どんなに嫌な人でも、そういう汚い言葉を使うのは良くないなぁ?」
初対面の人間にたしなめられ、エルマー少年はむっとする。だが気持ちが変わったことで、自分がついペラペラと自分の家庭事情のことを喋っていたことに気づいた。自分をこのように話をするようにしてしまうこのひとは誰なのか……エルマーは再び警戒心を抱く。そんなエルマーに道化師はニコニコしながら自己紹介をした。
「どうもこんにちはエルマーくん。アタシはペネロペ・セージ、踊るピエロさ。気軽にペニーって呼んでね。君はエルマーくん。ほら、これでお互い知り合いになった。でしょ?」
「ああ、そうだね。じゃあボク、行かなきゃ」
「イカなきゃだって!?」
適当に相槌を打ってエルマーは目の前の不気味な道化師から逃げようとする。だが彼が身を起こした直後に鋭い声が道化師から放たれた。思わず身を固くしたエルマーにやんわりとペニーは話しかける。
「これを置いてイッちゃうのかなぁ?」
彼女の指先でつままれてゆらゆらと揺らされている物を見て、エルマーの顔が輝き、声を上げる。
「あー、ボクの船!」
「Exactly! そのとおりでございまぁす!」
エルマーの感情に呼応するかのように、道化師の口が裂けんばかりに開いて笑顔を作る。
「いやぁ、いい船だね。ちゃんと丁寧に折られているし、この雨で船が濡れて重たくなったり破れたりしないように防水スプレーまでされている……おー、これを作った人はすごい人だなぁ」
「ボクが作ったんだ」
「本当! すごいね! ささ、持って帰りなよ」
そう言って再び手を振ってみせるペニー。しかしエルマーの表情は晴れない。今、ペニーが持っている物を返して
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