サキュバス系の魔王が支配する世界に迷い込み、リリラウネとなった女騎士レーナと姫シスターのカルミア……一つにして二つ、二つにして一つの身体を持つ魔物娘となった二人は森の奥で陽の光を浴び、水を摂り、静かに緩やかに過ごしていた。
そんな日々が突然終わりを迎える。
「レーナ、どうかしましたか? そんなにそわそわして……」
ある朝のことであった。リリラウネの片方の存在、レーナはいつもより甘い香りを振りまきながら、落ち着きなく周囲を見渡していた。
かつては自分の護衛騎士であり、今は自分の半身にして異なる存在であるレーナにカルミアは訊ねる。
「いえ、何かあったわけではないのですが……その……何かが起きるような気がして……いえ、悪いことではなさそうなのですが……」
答える女騎士だった者は、普段の物言いとは異なる歯切れの悪い返事をする。そしてそわそわと周囲を見渡す。彼女が頭を動かすたびに後頭部で束ねられた赤茶の髪が跳ねた。
落ち着かない様子のレーナにカルミアはふふふと、シスターらしく柔らかな笑みを浮かべる。
「レーナがそういうのでしたら、悪いことではない……いえむしろ今日はきっと素敵な日になるのでしょう」
自分にはその予兆のようなものはあまり感じない。だが、目の前の対なる存在が浮ついているのであれば、それはきっと自分にも嬉しいことが起こる予兆だ。
自分の対の存在からの香りに目を細めるカルミアであった。
二人の形にならぬ予感が当たったのはその日の午後であった。がさがさという草葉の音に、リリラウネの大輪の上で日光浴をしていた二人は身を起こした。
リリラウネの視線の先には揺れる茂み。そこからひょこりと少年が顔を覗かせた。顔は少し汚れており、手足はところどころに小さな切り傷がある。察するに、森に迷い込んでしまったのだろう。
「え、あ、あ……」
少年は戸惑っている。この世界の魔物娘は人間を取って食うようなことはしない。愛をもって手を取り合う存在である。しかし一部の人間はそうは考えない。反魔物勢である国は少なくなく、また辺境の村などはその影響を受けていることもある。
この少年もそうだろう。出会ったのが獣より話が通じそうだとはいえ、魔物である。見せている警戒心は色濃い。
彼の緊張を解こうと、まずはカルミアが声をかけた。
「こんにちは、いい天気ですね、坊や。こんな森にどうしたのでしょうか?」
「え、えーっと……ぼく、道にまよって……」
やはり迷子だったようだ。話を聞くに、朝からこの森に入り、昼前には帰るつもりだったのだが迷い込んだらしい。弁当のようなものは用意しておらず、空腹でさまよい歩いていたとのことだ。
困り果てて森の中を歩いていたのだが、何かいい匂いがして導かれるようにしてここにたどり着いた。こういうことらしい。
恐怖と安心、そして目の前の人ならざるとはいえ女性の裸に対する羞恥心が綯い交ぜで、たどたどしく話す少年にカルミアは目を合わせてうんうんとうなずきながら静かに聞いていた。一方のレーナは周囲の様子を警戒している。しかしちらちらと興味を隠せぬように少年を時々見ていた。
話を聞いたカルミアはまず少年に食べ物を与えることにした。リリラウネは植物と同様に地中の養分や光、水分だけでも生きていけるが、食べる楽しみを忘れたわけではない。そして楽しみのためにある食べ物なので、惜しいわけでもない。
保管しておいた果物をカルミアは取り出す。そして少年ではなく、レーナに渡した。
「はい、レーナ。貴女から彼に渡して差し上げなさい」
「ふぇっ!? な、なぜ私が!?」
「私が話を聞いて少しは緊張をとったのですから、今度はレーナの番ですわよ。それに……」
すっとカルミアは目を細める。そして少年に聞こえぬよう囁いた。
「無意識とは言え、貴女でしょう? 彼をここに呼んだのは……」
ぞわっと背中が粟立ったかのようにレーナは感じた。固まる女騎士に姫はさらに目をニィッと細めた。
このお堅い女騎士は男に関しても浮ついた話はなく、異性の好みに関しても「自分より強く、芯のある男」と口にしていた。だが、裏とは表のまた反対。本人ですら気づいていないが、この女が求めている男は、そうではないことをカルミアは気づいていた。
軟派な男はたしかに好みではない。「芯のある」男を求めてはいた。だが「自分より強い」という点ではどうだったか。むしろ自分が守りたくなるようなか弱い存在ばかり街では目で追っていたことをカルミアは知っていた。そう、ちょうど目の前にいる少年のような。
カルミアの言葉と視線にレーナは射すくめられたように背筋をこわばらせた。自分ですら分かっていなかった自分の性癖を言い当てられ、そしてそれを自覚し、動揺を隠せない。
ぎこちない様子でレーナはカル
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