「本当に降ったな……」
ほのかに空気に緑と湿気の香りが混じり始める、暖かくなり始める3月……この調子なら今日は快適な日光の元過ごせるだろうと思ったが、彼女が「今日は傘を持った方がいいよ。信頼あるところから聞いた」と言うので、傘を持ってでた。結果これだ。天気予報じゃ雨の可能性はなかったのに、にわか雨が降った。ざあざあと音を立てて降る雨の中、俺は安っぽいビニール傘をさして歩いていた。今回は彼女に助けられたことになった。そのことに俺はため息をついた。
彼女の情報網・アンテナは恐ろしい。いつの間にか色んな事を知っている。地獄耳。ワーラビットを差し置いてこの二つ名を名乗ったとしても許されるレベルだ。
そんな彼女はラタトスク。魔物娘の情報屋だ。あらゆる情報を収集し、対価に応じて提供し、公利にあえば拡散し、場合によっては秘匿する。彼女も例に漏れず、情報屋だった。
そして彼女が厄介なのは、嘘は付かない。良いことじゃないかって? もう一度言う。嘘は付かない。だが、本当の事も言わない。微妙に脚色はしているが嘘は言っていない。それに俺はどれだけ振り回されてきたことか……物心がついてからだから十何年にもなる。
……だからなおさら疑ってしまう。最近周りでささやかれている、俺と彼女が付き合っている疑惑の噂……あの時、一緒に帰っているのを見かけた。あの時、一緒にいるのを見かけた。あの時、一緒にファストフードで二人で勉強していた……一緒にいたのは事実だ。でも、一緒にいたからなんだと言うんだ。俺と彼女は幼馴染なだけで付き合っているわけではない。
でも、そんな噂を耳にするとつい彼女が気になってしまう。気づけば目で追ってしまう。そして……疑ってしまう。噂の出処は実は本人なんじゃないかと。
あまり彼女は拡散はしない方だった。受信のアンテナは張るが、送信のアンテナはあまり張らない。全く張らないわけではないけど。実際、俺は彼女の情報にガキのころから何度も振り回されたわけだし。でも、他のラタトスクと比べると、少ない方だ。
しないわけじゃないから今回も違うかもしれない。でも今までしたこともあるから、今回もそうかもしれない……そして、やっぱり悪戯かもしれない。考えても考えても分からない。
「くそっ……」
また、いつもの悩みがぶり返して雨の中、俺は悪態をついた。これだけ悩むってことは……俺は彼女の事が好きなんだろう。だからこそ苦しい。どのくらい眠れない夜を明かしたことか。彼女はどう思っているのか気になる。噂を流したのは本人でその気があって流しているのか、それともそうじゃないのか……
それだと言うのに周りは暢気なものだ。お似合いだとか、本当に付き合っていないのかとか……好き勝手言ってくれる。俺は何度目か分からないため息を雨の中でついた。
「ん?」
ふと、雨に煙る視線の先……大木の陰に小さな影が二つ見える。一つは子どもの魔物娘のようだ。もう一方は子どもではない。俺の学校の女子の制服を着ている。だが身長はその子どもより多少高い程度で、同年代の女子にしてはかなり低い方だ。そして、その腰からは身体と同じくらい大きな物が伸びている。
シルエットで俺は彼女がラタトスクだと分かった。そしてなんとなく、遠目でも、彼女が誰か分かった。先程まで俺が思い悩んでいた人物、栗栖美佳だ。
なんとなく顔を合わせるのは気恥ずかしい。だが、気になっている人物の顔を見たい。相反する二つの気持ちを抱え解決しないまま、俺は歩を進め続ける。そうしている間に、子どもの方が去っていった。傘をさして。一方の美佳は、傘をさしていない。
今日は雨が降ると教えた彼女が傘を持たずに外に出たはずがない。なのに今彼女は傘を持っていない。となると考えられるのは一つ。美佳は今の子どもに傘をあげてしまったと言うことだ。この雨の中、小さな子どもが濡れるというのも可哀想な話だが、かと言って自分を犠牲にしてずぶ濡れになると言うのもおかしな話だ。そしてそれ以上に、それを無視して通り過ぎるのは道理にかなっていない。
「おいおい何やっているんだよ」
俺は美佳に駆け寄った。美佳は「あ、和人(わと)」と眉を掲げる。
「傘持って帰れないって女の子がいたから傘をあげたんだ」
「それは大変結構だが、お前はどうするんだ?」
「ブレザーでなんとかなるでしょ!」
言うや否や彼女はモスグリーンのブレザーを脱ぎ、頭の上で広げた。これで雨を凌ぐつもりらしい。今は木の下だから大丈夫だが、これで雨の中を走るのはさすがに……
「それっ! バス停までダッシュ!」
「お、おい待てって!」
ブレザーをひらひらとはためかせながら彼女は雨の中を走りだす。大慌てで俺は彼女を追った。だが傘をさしながら走るというのは少し難しい。少なくとも、全力を出すことはできない。そ
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