「さぶさぶ……」
ゴミ出しのためにアパートの戸を開けると寒気がなだれ込んできた。12月24日……冬真っ只中。そりゃあ寒いわけだ。そして舞い込んできたのは寒気だけではない。
「ってか雪降ってんじゃねぇか……」
ぱらぱらと白い飛片が玄関に落ち、溶けて消えた。ドアから外を覗いてみると雪は結構な量で、道路を白く染め始めていた。そう言えば今日はめっちゃ積もるとか昨日のニュースで言っていたな……
あまりの寒さと雪という状況に俺はゴミ出しをやめようかと思ったが、飲食店に勤めている人間の性かゴミを放置するのは気が済まず、外に飛び出た。あまり寒気に晒され続けないよう、急ぎ足で俺はゴミ捨て場に向かう。カゴの蓋を開けてゴミ袋を放り込む。そして素早く帰ろうとしたときに……
「あ、大橋くんおはよう」
ゴミ捨て場にはふさわしくない、澄んだ女性の声が俺を呼んだ。振り向くと、いつもの彼女が立っていた。
「あ、ども……」
声をかけてきたのは入谷庵奈さん……近くのアパートに住んでいる。シルバーブロンドのロングヘアに、切れ長でありながら優しい雰囲気があるジパング人離れした美貌が目を引く。その下にある、コートを押し上げるほどの丸い膨らみは男の目を引くどころか釘付けにして止まない。他に目立つとしたら……ものすごく毛深い、馬のような四足と胴体……そして彼女の側頭部から対になって伸びている、球状の物を包み込もうとする手のように分岐した角……そう、彼女は人ではない。ホワイトホーンと言う魔物娘だ。雪国に住むケンタウロス族である。
入谷さんは今年の春……まだ肌寒い4月からこちらに引っ越してきて、時々こうしてゴミ捨て場とか近くのコンビニとかで鉢合わせる。何回か、作ったオカズやケーキを分けてもらったこともあった。イタリア料理の店に勤めているのであんまり飯やケーキには困らないんだけど、それでも嬉しいものだ。そしてこちらは何もお返しできていないのが申し訳ない。年はたぶん……俺の27才という年齢を聞いて俺をくん付けしたり、砕けた喋り方をするところを見ると少し年上。
「今日も寒いですね」
「そうだねぇ……まあ、私は寒さには慣れているんだけど」
俺の言葉に答える入谷さんは頬を軽く赤に染めている。ホワイトホーンは寒さから身を守るため、体温を高く保つ習性があるのだ。だがそれに関係なく、頬を少し紅くしている女性と言うのは絵になる美しさだった。
「あ、ギリギリだったみたいだね」
ぴこぴこと入谷さんは耳を動かす。彼女が反応してから二秒ほどで俺もそれに気付いた。トラックの音が聞こえる。果たして、ゴミ収集車が俺たちのいるゴミ捨て場にやってきた。
「ご苦労様です」
収集車の人に入谷さんは声をかける。ゴミを後ろに放り投げていた青年は照れくさそうにちょっと笑ってから、トラックに乗った。あっという間にトラックは去っていく。
トラックを見送りながら入谷さんはぽつりとつぶやく。
「大変だね、今日はクリスマス・イブなのに」
「ですね……」
今日は聖なる夜……はともかく、連休の中日。それだと言うのにいつもの土曜日通りにゴミを収集してくれるのはありがたい。
「まあ、大事なのは夜だから良いんじゃないですかね……」
「それもそうだね……大橋くんは何か予定あるの?」
「俺ですか? ははは、そりゃあ決まってますよ。仕事です」
自分で言っていて惨めな気分になる。クリスマスはどういうわけか歪みに歪んでジパングでは恋人と過ごすイベントになっている。そんな素敵なイベントにはオシャレなディナーがつきものだ。そのオシャレなディナーを提供するのは誰だ? もちろん、フレンチやイタリアンなどちょっとオシャレな料理を出すレストランの人間だ。そんなところで働いている俺だから、暇なはずがない。クリスマスの予定を聞かれたらちょっと気は滅入る。そんな俺に入谷さんの質問は追い討ちとなった。
「あれ? 大橋くん、彼女いなかったっけ?」
「……先月別れましたよ」
そう、本当は独りのはずじゃなかったのに……俺には付き合っていた彼女がいた。けど12月頭に浮気され、フラれた……最悪のタイミングだ、まったく。まあ、理由は簡単。クリスマス・イブに一緒に過ごせない男なんか付き合いたくない、と。埋め合わせやラストの1時間でも許されなかったようだ。今日、その元彼女と新しい男は……いや、あるいは昨日から連休だから今頃は同じベッドで……やめた。腸が煮えくり返る。
「あ、ごめんなさい」
入谷さんの柳眉が下がる。曇った表情に俺はいやいや、気にしないでくださいと慌てて手を振った。その質問は確かにちょっと辛かったが、いろんな人に聞かれたからもう慣れている。
「そういう入谷さんは今日は何かあるんですか?」
「私? 私は仕事が終わったら何もないから好き勝手やらせて貰お
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