海和尚の麻里に連れられ、政寅は再び竜宮城を訪れていた。今日は宴会はないらしく、静かだ。数名の人魚や海和尚、またその夫が夜の庭園の散歩を楽しんでいるくらいだ。
閑散とした竜宮城の正面庭園を政寅と麻里はつっきり、大広間にたどり着いた。大広間がガランとしており、誰もいない。玉座に座る乙姫と侍女を除いて。
「……」
乙姫は何も言わない。感情が見えない平坦な目で政寅を見るだけだ。久しぶりのその姿を、幻覚ではないその姿を政寅は見ようと思ったが、その目に射すくめられ小さくなった。
しばらくの間、大広間は静かであった。誰も何も言わない。どのくらいの時が経っただろうか。実際には数瞬だけだったどうが、とても長く政寅には感じられた。
ことり、っと小さな音が沈黙を破った。ふと政寅が軽く目を上げると、目の前に足高の盆が置かれていた。その上には握り飯が三個、乗っている。盆を置いたのは、乙姫であった。いつの間に出ていって持ってきたのであろうか。
「お腹も空いていることでしょう、政寅さま。どうぞ召し上がりください」
政寅は呆けたように乙姫を見上げる。乙姫はニッコリと笑ってみせた。ガバッと政寅は頭を下げ、それと同じ勢いで飯に食らいついた。
握り飯の中身は味付けこそ違うものの、全て昆布だ。しそ、醤油、高菜……竜宮城らしからぬ、質素な味が昆布にからみついている……だがここ最近、地上での生活が酷かった政寅にはとても美味そうであった。あの時の竜宮城の宴会の食事と同じくらいに。
涙を流しながら政寅は握り飯を貪り食らう。それを乙姫は玉座から静かに見ているのであった。
「少し歩きましょうか、政寅さま」
食事を終え、一心地ついた政寅を乙姫は夜の散歩に誘った。政寅は伏して顔を上げない。たった数日とは言え、自分の都合だけで地上の生活に戻り、何度も臥所をともにした乙姫を顧みなかった自分にそのような資格はないと思っているのだ。玉手箱の幻覚を見てここに戻っておきながらだが。
そんな政寅の手を乙姫は取った。そして、行きましょう、とニッコリと笑う。さすがに政寅も、背中を丸めながらではあるが立ち上がり、彼女に連れられて夜の庭園に出たのであった。
庭園は相変わらず、人はまばらだ。人魚や海和尚が悠々と泳ぎ、ときに番となっている者が仲睦まじく散歩をしている。その中を堂々と乙姫は泳ぎ、小さくなりながら政寅はやや後ろから手を引かれてついていく。
「ほら、海底柿の実も付き始めました」
「すっかり秋ですね」
「あらあら、あそこにいるのは麻里と弥助ですね。弥助は疲れて眠っているようです」
庭を泳ぐ乙姫は楽しそうに、政寅に見たことを聞かせる。一方、政寅は小さくなったまま、その方向をちらりと見て生返事をするだけであった。相変わらず乙姫に申し訳ないと思っているのだ。だがその思いはさらに募っていく。別の理由で。
少し自分の前を行く乙姫……当然、その揺れる尻が政寅の目に入る。少し目を上げれば、緩やかな羽衣ゆえ肩と脇が出ているのが見える。その先にある乳房の膨らみまで。そのような姿を見せられて政寅の牡が徐々に中で膨れ上がっている。数日前の情事のことを思い出してしまう。
「まあ、政寅さま! ちょっとこっちへ、こっちへ!」
突然、乙姫は興奮したように、だが囁き声で政寅を珊瑚の茂みに誘った。ハッと顔を上げた政寅は彼女の横にかがんだ。ずいっと乙姫が顔を寄せる。
「御覧くださいまし……」
すっと乙姫が人差し指を向ける。その先には仲睦まじそうな人魚と男がいた。いや、睦まじすぎだ。接吻をしている二人であるが、男が人魚の服を脱がせにかかっていた。人魚の手も男の股間に向かっており、そこを撫でさすっている。
「今日、この龍宮城でめおとの儀式をなさった夫婦です。寝所まで床入れを我慢できなかったみたいですね。ふふっ……」
政寅は半分ほど聞いていない。真横にいる乙姫の肌と体温を感じ、緊張しているのだ。そして自分の心臓が早鐘をうち、全身に熱い血を巡らせて体温を上げているのを政寅は感じる。
政寅の変化を知ってか知らずか、乙姫は政寅に身体を寄せて、視線の先の新たな夫婦の交わりを見ている。身体を寄せているため、柔らかな胸が彼の身体に当たり、熱い吐息が彼の耳にかかる。政寅は、全身の熱が股間に集中していくのを感じた。
『これは誘っているのか!? いや、おめおめと帰ってきた俺にこのようなことを……いや、しかしあのように情を交わしたのは事実であるし……』
悶々と政寅の考えはねずみ花火の如く胸と頭を走り暴れ回る。頭が爆発するのではないかとすら思った。
「どうしました、政寅さま……耳が真っ赤ですが……」
乙姫の声が政寅の耳をくすぐった。考えを見抜かれたようで思わず政寅は身体を竦める。だが、同時に気づいた。乙姫がくすくすと笑
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