潰れた目と開かれた目

 ある夜のこと……蛇神を祀る祠にて……
「んあああああああ
#9829;」
 一人の魔物娘が、儀式によって産声をあげた。しかし、その魔物娘は少々変わっていた。
「あれ? 何かしら、この腕……?」
 儀式の手伝いとして参加していたラミアの一人が不思議そうな声を上げる。新たに魔物娘となった彼女の腕は鳥のような羽毛が生えていた。蛇神の儀式によって生まれるラミア系の魔物娘ではなかなか見られない現象だ。
「尻尾先もふかふか……腕の先も蛇とは違うウロコね……本当に何かしら?」
 同じく手伝いとして参加していたメデューサも戸惑っている声だ。彼女が述べた特徴も普通のラミア系ではまず見られない。
 しかし、新たに生まれた魔物娘は確かにラミア系の魔物娘だ。その証拠に、生まれたままの姿をしている彼女の腰から先は大蛇のソレとなっている。
「なるほどね……」
 儀式を施行したエキドナだけは合点が行ったように頷いた。伊達に人より悠久の時を生きている訳ではない。このような現象が起こることは聞いてはいたし、実際に自分で見たことも指で数えるほどだが、ある。
「バジリスクになったのね……」

 バジリスク……彼女らもまたれっきとしたラミア系の魔物娘である。他のラミアと違い、身体の一部が鶏のような羽毛に覆われているが、その一番の特徴は、メデューサとはまた違う、強力な魔眼だ。彼女たちの魔眼は、その視線にさらされるだけで身体を毒で蝕まれる、恐るべき魔力を持つ。旧世代では、そのひと睨みだけで多くの命を奪ったものであった。だが今は淫魔が魔王に就いた時代……その魔眼も相応の淫らな物になっている……

「エミリー・レイン……ようこそこちらの世界へ。どうかしら? 見えるかしら?」
 荒い息を整えつつあるバジリスクに、エキドナは優しく呼びかける。しかし、エミリーの声はやけに冷ややかだった。
「おそらく見えるわ……でも、私がバジリスクになったと言うならその目をすぐに開くつもりはないわ」
 すっとエミリーがこめかみに手をやる。キラリその手元が光り、次の瞬間には彼女の顔上半分は蛇の一つ目を模した仮面に覆われていた。
「ちょ、急に何言っているのよ?」
「旧世代の魔物じゃないんだから、別にその目は……」
「あなた達魔物娘が、以前の私達が考えていたような邪悪な存在でないことは知っている。私の潰れた目を魔物化によって治してくれたことに感謝もする……」
 驚いたラミアとメデューサの声をバジリスクは静かに遮る。
「でも、あとはそっとして置いて欲しい……」
 静かで有無を言わさぬ強さがありながら苦しげで絞り出すような声……その声に儀式を行ったラミア族の魔物娘は顔を見合わせる。ラミアが恐る恐ると言った感じで声をかける
「でも……」
 言葉は最後まで続かなかった。エミリーがラミアの方を向く。仮面越しでも彼女の視線に灼かれたかのようにラミアは感じた。そのくらい、彼女の周囲からは怒気のような物が放たれている。これ以上言ったら、相手が誰であろうとただではおかないと。
「……」
 メデューサから差し出された羽織のような服を来て、ずりずりと蛇の胴体をくねらせながらエミリーは無言で出て行った。後には三人の魔物娘が残された。
「なんか感じ悪いわね」
「ほんとほんと、同族とは言え、ちょっと頭に来たわ」
 ラミアとメデューサがくちびるをとがらせる。その二人の頭をエキドナはそっと撫でる。
「まあまあ、そっとしておきなさい。バジリスクは確かに冷静過ぎる上に陰険なところもあるし、彼女の場合はもとが教団の人間だからちょっと性格に難があるかもしれないけど……悪い娘じゃないわよ。それに……」
「それに……?」
 ラミアが訊ねる。小さくなってもう見えないエミリーの背中を見るともなしに見ながら、エキドナは優しげに微笑んだ。
「私達が心配しなくても上手くいくわ……どんな人間でも気持ちに嘘はつけない……ましてや魔物娘なら、ね……」

 エミリー・レイン……もともとはセントラクル王国出身の魔法剣士であった。いずれは勇者の仲間の一人となって、その剣術と魔法で魔王討伐の力になるであろうと言われていた。だがある時、不幸な事故があって彼女の目は光を失った。視力がなくとも戦う力はあったエミリーであったが、勇者の仲間として戦うのは不十分であろう。エミリーは故郷を逃げるように捨て、今の村に流れてきた。かれこれ十年前の話だ。
 彼女が流れ着いた村は蛇神を祀る親魔物の村であった。村の男や魔物娘は彼らを温かく迎え入れたが、もともと教団の息がかかったエミリーだ。その態度は極めて固かった。村人と打ち解けるのに四年もかかった。その四年の間に、エミリーの魔力はかなり強力であること、蛇神の儀式によってかなり強力なラミア族になれることが分かった。そして意外にもエミリーは自分
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