「よし、これくらいあれば十分だな」
斧を肩に担いだ女は汗を拭う。胸と腰回りを申し訳程度に覆っているだけでそれ以外は素肌を晒している。だが、その身につけているのは鉄の板でできている。つまり鎧。そして晒しているしている身体の方も、まるで革鎧なのではないかと思われるくらいに筋肉が脈打っていた。それが、彼女が露出度の高い見た目に反して頑強さを備えていることを伺わせている。
彼女が女戦士アメリ。イルトスト王国より旅立った勇者のパーティーの一人である。今日はこの森で野営をすることになり、水と薪を調達しているところであった。ちなみに勇者キリムはキャンプに残って料理の用意をしており、仲間のルフィンやパティーも他の野営のための仕事にあたっている。
「さてと、あとは水だな」
斧を背中にしまい込み、薪を片方の肩に乗せ、もう一方の手で彼女はバケツを持った。そして湖に近づく。
だが彼女はすぐに持っていた薪とバケツを放り捨てた。同時に背中の斧を構える。今度は薪を切ったりするためではない。戦闘のためだ。
「そこにいるやつ! 出てこい!」
「あらら? 別にこっちは襲うつもりもないし、丸腰だっていうのにずいぶんケンカ腰だなぁ……」
ばしゃりと水音がし、湖から頭を覗かせたものがいた。くりくりとした目を持った女だ。だが人間ではない。そもそも人間であればなぜ湖に潜っているかが不自然すぎる。肌は不気味なまでに緑色で、水に今まで潜っていたことを考慮しても濡れ光っていた。そして何より、しゃべる彼女の口から覗く舌は長かった。
「ば、化け物……!?」
魔物討伐のために主神教団の息がかかった王国より出たアメリも、目の前の魔物娘にはさすがに驚いたようだった。一歩後ずさる。
一方、化け物呼ばわりされた湖にいる魔物娘はさすがに癇に障ったようだ。
「ちょっと、私はたしかに魔物娘であなた達から見れば敵なのかもしれないけど、それはさすがにキツすぎない?」
バシャバシャと音を立てながら彼女はゆっくりと湖から上がってくる。人ならざる姿が露わになる。四肢は木の葉を思わせるような緑色で、ところどころに濃い緑色の模様が浮かび上がっている。だが胸や腹は真っ白だ。手と足は指がちゃんとあるが、妙に節くれだっている。水から上がってこちらに歩いてくる魔物娘。たひったひっ……っと水が混じった足音が響く。歩み寄ってくる姿はまさに……
「ちゃんとラリって名前があって、人間と同じようにミューカストードって種族名もあるのにさ」
カエル。そう。その種族名の通り、彼女はカエルの魔物娘なのだろう。さらに「ミューカス(粘液)」と言うのが体を表している。彼女の全身は乾燥を防ぐためなのか、ぬめりに覆われていた。
だが彼女の正体が何であろうと名前があろうと、その彼女に家族などがあろうと、アメリにとっては関係ない。魔物は全て殲滅する。それが主神の教えであり、アメリの方針だ。
「黙れ汚らわしい魔物め! その気持ち悪い身体をカエルよろしくアタイがぶっつぶしてやるわ!」
「……ふーん、そんなムカつく口利くなんて大したものね?」
概してミューカストードは男性にしか興味を持たず、女性を積極的に襲わない種族なのであるが、さすがに頭に来たようだ。そしてこうなったら女性相手でも無視する種族ではない。じっとりとした目の奥に、殺意にも似た炎が灯っている。
「……」
主神教団の価値観で、つい挑発的な言葉を口にしたアメリであったが、内心はまずいと思っていた。カエルは跳躍力があり、虫を喰らうために舌を伸ばす種族もいる。目の前のミューカストードがどうかは正確には分からないが、その特徴を兼ね備えている可能性は高い。
『つまり、あっという間に間合いを詰めてくる手段も、遠距離攻撃もある……』
斧を構える手にぽたりと汗が垂れた。
『だけど、懐に潜り込めたらこっちのもの! その首を斧で刎ねて……!』
「……と思ったけど、案外大したことないみたいね」
突然、ラリが呆れたようにため息をついた。一体なんだと言うのか。だが、こちらをなめたと言うことは警戒心も緩めているということ。こちらが攻撃するチャンス。アメリは突進しようとした。
だができなかった。強い力によって彼女は引かれた。そのまま彼女は地面につんのめるようにして倒れてしまう。
「ぶはっ……!? し、しまった!?」
その拍子に斧が手から離れて、手の届かないところに転がる。舌打ちしながら彼女は自分を引っ張っている何かを見ようと足元をみた。その目が驚愕に見開かれる。
右足に桃色のロープのような物が巻き付いていた。それは湖から伸びており……そこから顔をのぞかせている別の女の口の中から伸びていた。彼女の肌も緑色。
『仲間がいたのか!?』
伏兵の存在に気づけなかった自分をアメリは呪う。斧も手放してし
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