前編

「だぁかぁらぁ! アタシに構わないでって言ってるでしょ!」
 ある日の夕方。いつも私が相談を受けるのに使っている無人の音楽準備室が騒がしかった。今日は二人の同期生の魔物娘が私のところに来ている。一人はセルキーの貝原美海、もう一人は雪女の水原まなかだ。雪女の方はともかく、セルキーはそろそろ暑くなってきているこの季節なのに、ブレザーと長袖セーター、セルキーの毛皮のマフラーと言う場違いな格好をしている。見ているだけでも暑苦しい。雪女が魔力を効かせて部屋の温度を下げてくれているのだけれども。
「別にアタシはアイツのことなんかこれっぽっちも思ってない! 思ってないったら思ってない!」
「えー? でも美海ちゃん、いっつも彼のこと気にしているじゃない。今日の帰り一緒になるかなあって……」
「う、うっさい! 他に話題がないからアンタにその共通の知り合いの話をしているだけ!」
 ……全部聞かなくてもこのやりとりだけで察することができる。セルキーの貝原はとある男が好き。だけど、セルキーの毛皮で出来たマフラーなんて身につけているから、本心に気付けていない。家に一人帰っても寂しいと思わない。そして水原の気遣いを煩わしく思っている。
「もういい! アタシは帰る!」
 強引に彼女は話を打ち切って彼女は鞄を持って立ち上がった。そのまま回れ右をして乱暴に扉を開けて出て行った。のっしのっしと彼女は廊下を歩き去っていく。
「……ごめんなさいね。怒らせちゃったみたい」
「ううん。まなかが悪いの。この時間だと、もう彼と一緒に帰れそうにないから……」
 その理由であの怒りよう……もう素直になって彼を求めるべきなのではないの?
 私は窓を開けた。虚空から自分の弓矢を取り出し、弦を引き絞る。同時に光の矢が形成され、その光が一瞬強く輝いてから消えると、鈍く輝く黄金の矢がそこにあった。
 これは「愛の矢」。この矢を受けたものはその者が抱いている愛情を膨れ上がれさせる。例え、本人が気づいていなくても。この矢を受けた貝原は自分の中にある彼への気持ちが膨れ上がり、自覚できるようになることだろう。風呂か何かに入る時、セルキーの毛皮を身から外したりしたら完璧だ。その気持ちはより強くなるはず。
 私は弦の指を離す。矢は空に向かって放たれ……普通ではありえない曲線を描いて飛んでいった。貝原の元に行ったのだ。
 これで良かったのかしら? と水原の方に向き直る。彼女は大きく頷いて、私にありがとうと言った。ここに来た本来の目的は相談ではなく、この矢だったのだから。
 授業が終わって少し時間が経った黄昏時。愛の宮北高校の使われていない音楽室の準備室にて恋愛相談とは言えないようなことをやっている……そんな私はキューピットの加賀美玲亜だ。



 また別のある日の夕方。廊下を歩いている時だった。
「あの〜、加賀美さん……」
 恐る恐ると言った調子で彼女は私の後ろから声をかけてきた。私は振り向く。体格は私と同じくらい……いえ、肩幅の広さを考えると彼女の方が大きいはずだ。だけど縮こまりながら私に話しかけているのが、その印象を薄めている。
 手足はガッシリとしており、鱗に覆われている。肌は、私も褐色気味だが、彼女は私より色濃い。腰からは茶色の太い尾、その先端には小さな火……サラマンダーだ。学年はおそらくひとつ下だろう。それにしても縮こまり過ぎなのだと思うのだけれども。ましてや、あの陽気で熱血漢なサラマンダーだと言うのに。
「……何かしら?」
「あ、あの……加賀美さんに相談が……」
 ……今の微妙などもりは何なのかしら。いや、言われなくても分かる。よく私は「無表情で何を考えているか分からない」「声の抑揚が控えめだから状況によっては怒っているように聞こえる」「クールだから怖い」と言われる。自覚はしている。目も釣り上がっていて鋭いほうだと思うし。でもさすがにそこまで怯えられると少し傷つく。表には出さないけど……いや、出にくいのだけれども。
 それはさておき、そんな怖い私にわざわざ相談に来ると言うことは、相談の内容は決まっている。私は無人の音楽準備室に彼女を招き入れ、話を聴き始めた。始めはやっぱり私に気圧されて要領を得ないしゃべり方だった彼女だったが、何度か聞くと分かった。
 最近、くっつけたい男と女がいる。私もその二人は知っていた。剣道部の斉藤輝樹と同じく剣道部の竜田るりだ。竜田るりはリザードマンである。斉藤のほうが竜田に惚れて告白しているのだが、そこはリザードマン。竜田は自分に勝たないとその告白は受けられないと言ったらしい。それで何度か試合しているのだが、結果は今のところ0勝5敗で斉藤が全負け。まあ無理もないと思う。斉藤はこの学園に入ってから剣道を始めたルーキー。対して竜田は女子キャプテンで実力もそれ相応。竜田
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