後編

「どこの神父か知らないが助けてくれ……腹が痛ぇんだ……」
「どれどれ? あー、これは何か悪い物を食べたようですね。これくらいは大丈夫です……」
 青空の下、青い僧服を纏った男が道端でうずくまっている青年剣士に向かって手をかざす。その手から淡い緑色の光が放たれた。十秒もすると青年はたちまちのうちに回復し、立ち上がった。
「助かったぜ神父さん、ありがとう!」
「礼には及びません。清く正しくあろうとしただけです」
 頭を下げる青年に向かって僧侶、クレンメ神父は穏やかに笑って言う。青年の横には連れの女がいた。彼女もまた頭を下げるがその顔は複雑そうだ。
「ねえ……あなた、主神教団の人間でしょう? なんで彼を助けてくれたの?」
 そう言う彼女の腰からは緑色の尾が伸びている。手足もガッシリとしており、緑色の鱗に覆われている。だが翼はない。リザードマンなのだ。
 腑に落ちない顔をしているリザードマンの女性に、クレンメは相変わらず静かに微笑みながら答えた。
「さっきの通りです。清く正しくあろうとしただけです。そのためにすれ違った見知らぬ人だろうと、それが魔物娘であろうとその夫であろうと、信じるものが何であろうと、助けただけです」
「……まあ、神父なのに女、それもフーリーを連れていることを考えれば、そう答えるのが自然なのかも知れないわね」
 リザードマンの顔がふっと和らぐ。その視線はクレンメではなく、その二歩奥で控えていた修道女の服を纏っている女性に注がれていた。むろん、ハンナだ。
「それでは、私達はそろそろ行きます。どうぞお気をつけて……神のご加護があらんことを……」
「ああ、神父さんもフーリーさんも気をつけてな」
「それでは……」
 二組の男女は背を向け、歩き出した。青空の下、旅路の上、そのほんのひと時の出来事……



 死んだハンナがフーリーとして戻って来てすぐ、クレンメは主神教団の統括管理教会の方に今いる教会の管理役を外して欲しいと願い出た。理由は自身の年齢と、共に働いていたシスターの不幸とした。嘘は言っていない。そしてその理由でクレンメの希望は通った。
 こうしてクレンメ神父とフーリーのハンナは教会を出て旅をしている。一応、クレンメ神父の伝導の旅と言うことになっているのだが……
「えへへ、クレンメ神父様……
#9829;」
 ハンナはぎゅっとクレンメの腕にしがみついた。彼女のぬくもり、腕に感じる柔らかさ、それが神父をその職らしからぬ気持ちに駆り立てる。
「ふふっ、神父様
#9829; まるで新婚旅行ですね
#9829;」
「あの……ハンナ……一応、私は神の教えを伝え広めるための旅に出ていると言うことなので……こうされるのは心苦しいのですが……」
「いいじゃないですか。今は神父様もお仕事が終わっているのでしょう? ならばこのようなことをしても構わないではないですか」
 日が暮れたとある街の市場にて。この街でも主神の教えの一部を説いたり住人の病気や毒を治したりしていたクレンメであったが、夜になってから人を集めて説教は無粋だ。今は伝導の旅と言うことを忘れてクレンメとハンナは二人で出歩いている。
 出歩くこと自体はクレンメも構わないと思っている。神に使える者であろうと、息抜きは必要だ。よほど、堕落したようなことでもしない限り、自分も羽根を伸ばそうとしていた。とは言え、さすがに腕にしがみつかれるのは、それまで神父として神に身を捧げ続け女人を絶っていた彼にとって少々困ることらしい。
 だがフーリーのハンナはそれをやめようとしない。それどころかますます身体を押し付けてくる。むにゅリと修道女の服に包まれている柔らかな感触が神父の腕に当てられる。どぎまぎしているクレンメにハンナは甘えた声で言った。
「いいじゃないですか。こうして神父様と街に出歩くのが夢だったんです」
「……可愛らしい、小さな夢ですね」
 ふっとクレンメは笑ったがハンナは不機嫌そうに頬を軽く膨らませた。
「……小さくなんかないですよ」
「……それもそうでしたね、失礼しました」
 死の病床にて、生前の彼女はなんと言っていたか。それを考えると確かに小さくない。神父の顔が曇る。クレンメの顔を見たハンナはにっこりと笑った。
「そんな顔しないでください。せっかく私の夢がかなっていると言うのに、台無しになってしまいます。ほら神父様! あれ、一緒に食べましょう」
 ハンナが指さしたのはパフェの屋台。質素な教会ではこのような物は食べられなかった。男と女が出歩く時に食べるものなのかは分からないが、娘のような存在であり、今は妻であるハンナのおねだりにクレンメは一も二もなく応えた。
 こうして買われたパフェであったが……ハンナはパフェも確かに欲しかったのであったが、もう一つ、やりたいことがあった。パフェは屋台
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