ウキウキとした気分で俺は一人暮らしのボロアパートの自分の郵便受けを開けて覗きこむ。男の一人暮らし大学生でこんな気分で郵便受けを覗く奴なんて滅多にいないはずだ。いや、そもそも覗かないやつだって多いだろう。俺の隣の部屋の奴は開いてすらいない。ダイレクトメールがこれでもかとばかりに突っ込まれている。これが普通だ。
だが、俺は郵便受けを覗くのに楽しみにしている事がちゃんとあった。開いてみると……自分の顔がニマニマと笑みを作るのを感じた。傍から見ると気持ち悪い絵面かもしれない。仕方がないじゃないか、嬉しいんだから。
いくばくかのダイレクトメールに目立つ封筒がひとつ混じっている。ビジネス用のものとは違う、かと言って派手すぎない、おしゃれな女性趣味の封筒が。これが俺が楽しみにしていた物だ。
郵便受けの中身を掻き込み、手に持って俺はアパートの階段を上がる。そして部屋に入って鍵をかけ、六畳一間の和室に座り込む。
お楽しみは後だ。他の手紙を処分する。うん。ほとんどいらない代物だ。ってか、大学二年の俺に予備校の案内を送るんじゃない。バイトならともかく、予備校生としては行かんぞ。無慈悲にハサミで人力シュレッダーにかける。
残った、大事な手紙を俺は取る。そして鼻から息を吸い込んだ。ああ、いつもの香り……甘くて、どこか爽やかな……彼女の香りが。
そう、この手紙の送り主は俺の彼女だ。メールだのなんだのの電子の時代に今更こんな手紙なんて古臭いけど、でも独特の趣がある。彼女の文字が便箋に踊っている……彼女がわざわざこれを書いてくれたのだと思うと俺も嬉しくなるし、実際に手で手紙を返そうと思う。それに封筒や便箋にも彼女の趣味が表れる……いや、これは最近のメールとかでもそうかもしれない。だが、この香りは絶対にデジタルでは味わえない。香水でも振られているのだろうか……
その香りに心を解きほぐされながら、差出人に"深川美香"と書かれた封筒を俺はカッターナイフで丁寧に開く。便箋が出てくると香りはもっと強くなった。
"やっほー、翔太くん元気? 最近、日差しが暖かくなってきたね。"
可愛らしい丸文字で、手紙はこう始まっていた。堅苦しい季語の挨拶などない、カジュアルな手紙。うん。こんなのでいいんだ。俺は手紙に目を通していく。
内容としてはとりとめのないおしゃべりだ。前に送られたメールを少し肉付けした感じだ。手紙のやりとりをしている俺達だが、当然メールなどでもやりとりしている。だから、内容はだいたい知っていた。
彼女が最近、ようやく大学に受かったこと、一浪の予備校生活は大変だったけどそれもおしまいなこと、一人暮らしが楽しみなことなどが書かれている。うん。メールで聞いていたから知っている。
だが、後半で俺の目が見開かれた。
「マジかよ……」
笑いが止まらない。自分でも気持ち悪いと思うのだが、どうしても止められない。
先のとおり、一浪して大学に合格した彼女だが、地方を出て一人暮らしを始めるとメールで言っていた。その引越し先が手紙に書かれていたのだ。住所は……何の事はない。ここから15分もかからない。最寄り駅が同じだ。駅で俺がいつも使う出口とは逆の方から出て数分歩いたところだ。
それだけではない。住所の次にはこう書かれていた。
"いつでも遊びに来てね。この手紙が届くころにはもう荷物は運ばれていると思うから"
心が跳ねまわるような気分だった。
実を言うと俺は付き合っていながら彼女の姿を知らない。俺たちはとあるSNSで出会った。そこで俺は彼女……美香に惹かれた。会話の楽しさ、同じ趣味であること、愚痴を聞いてくれる優しさ……いろんな物が俺にとってツボだった。そして俺は交際を申し込んだのだ。ネット上じゃ相手の顔は愚か、性別も分からない。もしかしたら"彼女"は男、ネカマかもしれない。でもそれでもいいやと思えるくらい、俺は彼女にハマった。
幸いこの通り俺は彼女の本名を知ることができたし、通話もしたことがあるから、深川美香が女性であることは分かった。……さすがにあの声と名前で男だと言われたら俺は全てを疑わなければならないぞ。
でも俺は美香の姿だけは知ることができなかった。俺はメールや手紙で友達と一緒に写っている写真などを送ったのだが、彼女は自分の姿が写った物だけは送ってくれなかったのだ。
容姿に自信がない、と美香は通話で言っていた。本当かどうかは知らないが、俺としてはそんな物がどうでもいいくらいに美香に惚れている。
もちろん、会えたこともない。去年の12月頭から付き合っているが、後がない受験だった彼女はクリスマスも正月もなく、勉強していたため会えなかったのだ。大学に合格できたら会う。そう言う約束だった。
その美香にようやく会える。矢も盾もたまらず、俺はス
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