前章

「今日の奴隷たちの様子はどう?」
「はは……生かさず殺さず、苦しめに苦しめております」
「そう、それでいいわ」
 女の口がにぃっと釣り上がる。その口角はよく見ればシワがあり、彼女が決して若くはないことを物語っていた。必死で化粧などでごまかしてはいるが、時というものは無情だ。歳を重ねた物はそれ相応の深みのある美が備わるものだが、この女にそれはない。執事の報告の内容に口をいやらしく歪めているそのことが、彼女の過剰なまでに嗜虐的で陰湿な性格を物語っていた。
 ここはガディアノ王国。主神教団の息がかかった国の一つである。ガディアノ王国は決して大きな国ではないし、土地も痩せてはいるが、鉄鉱山を持っていた。これによって作られた武器を主神教団国に輸出することで成り立っている。この女の名前はテレジア・ガディアノ。ガディアノ王国の后だ。歳はそろそろ四十に手が届く。昔は絶世の美女と言われていたが寄る年波には勝てない。もし、夫が自分に飽きて側室など迎えた日には……そのときはもうテレジアは立ち上がれなくなるだろう。女として屈辱的なことこの上ない。すでに王子が三人いて世継ぎには困っていないが……国王が何人も妻を娶ることは、主神教団の国であってもありうることだ。
 焦るテレジアが国一の美女、国王の后というプライドを保つためにとった行動……それは夫である国王が自分よりも夢中になってしまいそうな美しい女性を全員「男を誑かす魔物」として牢屋に入れることであった。計画が実行するよう、そしてこの横暴が夫に怪しまれぬよう、彼女のやり方は徹底していた。部下達に「国に魔物が紛れ込んだ」と噂を流させ、国を挙げて美女を探すように仕向けたのだ。テレジアの思惑通り、美女は集まった。自分のプライドのためもはや鬼女となった王后は女達を牢屋に叩き込み、奴隷として強制労働をさせた。女が結婚している場合は、魔物に誑かされて穢れた者としてその夫も牢に入れた。
 テレジアの常軌を逸した策が施行されて、そろそろ二週間になる。上下関係が厳しいガディアノ王国だ。テレジアの行動を諌める者は誰もいなかった。肝心の王も、自分の妻が裏で流した偽りの噂に振り回され、この愚策の施行を許してしまった。
「引き続き頼むわよ」
 寝る前の肌のケアのための道具を準備しながら、背後で控えている執事にテレジアは冷酷に言う。了承の返事を短くして、執事は下がった。
 しかし、この時テレジアは重大なミスをおかしていた。いや、この時に限らずここ数日ずっとしていた。テレジアは今のように執事の報告を聞くときは背中を向けている。今回の謀略を実行する前から。だが本当であれば執事の顔を見るべきであったのだ。そうすれば異変に気付けたのかもしれないが……もう遅かった。



 満月が高く登った頃、一人ベッドで寝ていたテレジアは妙な胸騒ぎがして目を覚ました。下からだろうか。大勢の人間が騒いでいる物音がする。騒々しさにテレジアは眉を寄せ、身体を起こした。
「ありゃりゃ? 起きちゃったなの?」
 不意に部屋に声が響いた。少し舌足らずで高音な、少女の声であった。テレジアは震え上がる。この部屋には自分ひとりしかいない。残念ながら夫は別室、そして親衛隊は部屋の外で見張っている。この部屋には自分しかいないはずなのだ。それなのに声がしたと言うのはどういうことなのか。
「まぁ、起こすつもりだったから結局ノープロブレム、なのね」
 部屋の隅の暗がりから声の主が姿を現した。声の通り少女だ。身長は4フィートと少し。ヴァイオレットの髪をツインテールにしている。くりくりとした大きな目、薄汚れていてもすべすべとしていそうな美しい肌と可愛らしい顔立ちをしていた。服装はシーツを身にまとっただけのようなボロボロな代物だ。おそらくテレジアの謀略で捕らえられた女の一人だろう。だが捕らえた女をいちいち記憶するようなテレジアではない。
「無礼者! 奴隷がこんなところで何をしている!? 誰か! この者を……」
「近衛兵呼んでいるの? 近衛兵は私の新しい仲間に伸されてお楽しみの最中、なの! いひひひ♪」
 外見通りの、少女らしい意地悪な笑みをその者は浮かべる。それがテレジアの精神を混乱させ、さらに逆立たせた。精一杯虚勢を張る怯えた犬のように、ガディアノの王妃は吠える。
「どういうこと!? 新しい仲間って……あなたは一体……!?」
「いひひ! そう聞かれたら教えてあげなきゃいけないのね!」
 テレジアの咆哮に怯えることなく笑った少女の身体が、光に包まれる。眩しさに思わずテレジアは目を覆った。
 光が収まったであろうころに彼女は目から手をどけて少女を見た。その目が大きく見開かれる。
 確かにそこには先ほどいた少女がいた。髪や顔、肌などは変わっていない。だが普通の人間であれば絶対にないような物が
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