研究所を預かる者は、研究ばかりしていればいいと言うものではない。研究に必要な器具や材料の把握も大事な仕事だ。いや、研究に関係しないことも考えなければならない。例えば、住み込みで働いてくれている従業員へのレクリエーション、研究所の清潔具合、そして何より大事なこと、金の管理。
金儲けには興味がないルナではあるが、金がなければ研究はままならない。必要な実験器具、肥料、薬品、従業員への給料……それらを管理しなければいけないのだ。
研究費として本家からいくらか経費が降りるが、自分たちの研究やその他いろいろのことを考えると、それだけでは到底足りない。オルト=ブラントーム研究所では研究用の裏庭の畑の他に、市場用の畑もいくつか持っている。これでオルト=ブラントーム研究所の経営は成り立っているのだ。
「……まあ、良い方でしょう」
所長室にて。クドヴァンがつけた出納帳に目を通し終えたルナは満足気に呟きながらサインをし、それをデスクの上に置いた。椅子の上で軽く伸びをする。そして再び椅子の上に座りなおして口を開いた。
「いつも通り少し早い時間ね、人食い箱さん?」
「ひぇっへっへ、刻限通り到着は商人失格でさぁ」
ルナひとりきりだった部屋に、彼女以外の声が響く。同時に、パカッと部屋の隅に置かれている宝箱が開いた。中から現れたのは女性……ミミックだ。褐色に近い肌を透けるレースとリボンで作られた東欧風の服で包み、夕焼け色の長い髪二つに束ねている。そしてエメラルド色の瞳でルナを見つめている。
彼女がルナが呼んだ通り"人食い箱"だ。箱さえ置いてあればどこにでも出てこられるというミミックの特殊能力を利用して、行商を営んでいる。本当の名前はアニータ。"人喰い箱"の異名は人を食ったような態度と、人間達を次々に魔物化・堕落させていることから、とある上級魔物がつけたものだ。
人を食ったような態度だと客達に嫌われるかも知れないが、態度がデカいだけではない。彼女は商売相手の心を見抜くことにかけては天才的才能の持ち主である。そうでなければ、人間たちを堕とすことなどできやしない。
人によっては人食い箱の箱を部屋に置き、呼んだ時にいつでも商売ができるようにしている者もいる。だが顧客の気持ち一つで呼ばれて参上すると言うのはミミックと言えどもなかなか骨が折れることだ。故に彼女と専属契約をして箱を部屋に置くのにかなりの金がかかる。上級魔物娘にとって、人食い箱と専属契約をして彼女の宝箱を部屋に置くのはステータスの一つだ。
そのアニータと、ルナも専属契約をしていた。決して金のある方ではなかったが、アニータの方がルナの研究や生産している作物に惹かれ、専属契約を申し出たのだ。契約料も通常とくらべてかなり割引にされている。二人は顧客同士であると同時に、友でもあった。
「今日は何をお求めで?」
「いつもの器具を、箱3つ」
「へっへっへ、かしこまりやした。少々お待ちくだせぇ」
そう言うと彼女は宝箱の中に引っ込んだ。箱の中は異空間につながっている。その中から彼女は顧客が求める商品を取り出し、そして相手から買った物をしまうのだ。
ゴトゴト、ガタガタ……ドカンっ! バキン! ドゴーン!!
宝箱が揺れ、何かがぶつかり合うような派手な音が立つ。
「何度も見ているけど、やっぱり気になるわね……」
激しく揺れて暴れている宝箱を見ながらルナはつぶやく。魔界の農作物の品種改良を集中的に研究しているルナだが、そもそもあらゆることに興味を持つ科学者でもある。人食い箱の商品を取ってくる様子は、興味深い謎の一つであった。もっとも、調べさせてくれと言ってもアニータには断られてしまったのだが。
まもなく、宝箱の蓋が開いた。どすん、どすんとルナが頼んだ物が入っている箱が宝箱から出てルナの目の前に置かれる。その後、宝箱からアニータが顔を覗かせた。
「これでよろしいんで?」
「ええ、ありがとう。代金はツケでいいかしら?」
「それなんですがね……器具のお代はツケで結構でございやす。ですが今、ちょいと現ナマが欲しいんですよ。そのためにちょっとした情報があるんでございやすが……コレでいかがでございやしょ?」
人食い箱がピンと指を三本立てた。相手は貴族だ。銀貨のはずがない。ふぅん、とルナは鼻を鳴らした。
「金貨三枚分ねぇ……それ相応の情報でしょうね?」
「へっへっへ……あたしはそうだと思いやすぜ? その情報をどう使うかはお嬢様次第……それはお嬢様も分かっておいででしょ?」
「……」
ルナは何も言わず口角を釣り上げた。懐から財布を取り出し、金貨を三枚、人食い箱に握らせた。人食い箱がにんまりと笑う。
「へっへっへ……どーも。ではお教えしやしょう、ルナ・オルト・ブラントーム様。短いですが価値ある情報ですぜ」
人食い箱が
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