「……チェック(王手)」
「くっ……ならばキングをここに……」
「ナイトをこっちに。チェック・メイトだ」
「キーッ!」
クドヴァンの白いナイトが、ルナの黒いキングを追い詰めていた。キングに逃げ道はない。
ルナの負けであった。
冬の寒いある夜、二人は食後のチェスを楽しんでいた。今日の試合でクドヴァンの三勝〇敗。圧倒的にクドヴァンが勝っていた。
本当は二勝したところでクドヴァンは切り上げたかったのだが、ルナがもう一回とせがむので、もう一試合したのだが……この結果である。
「ルナ……ちゃんと『どっちの手の方が良い手か』を考えないと勝てないよ?」
横に置かれた最後の陶酔の果実を摘みながら、クドヴァンは笑って言った。それは分かるんだけど……とルナは呻く。
ヴァンパイアであるルナは人間だったクドヴァンより身体能力は遥かに優れるし、頭も悪くはない。しかし、チェスだけはどうしてもクドヴァンには勝てなかった。
「さて……」
陶酔の果実を飲み込んでから、クドヴァンは言う。
「君が三戦目を要求した時、負けたら何でも言うことを聞くと言ったね?」
「な、『何でも』とは言ってないわ!」
うつむいていたルナが首を急に上げて反論する。それに対してクドヴァンは敗者に反論の資格はないと言わんばかりにクックッと笑った。とは言え、そうひどいことを要求するつもりではなかった。
「じゃあ、ルナ……僕と一緒に風呂に入ってくれないか?」
「……え?」
罰ゲームの内容にルナは二重に驚いた。思った以上に軽かったこと、そしてクドヴァンが「一緒に風呂に入る」と言ったこと……
基本的に、ルナとクドヴァンは、湯浴みは別に行う。理由は、ルナは身体や髪を洗う際は召使いの魔物娘に丹念にやらせるためだ。一度一緒に入ったことがあるのだが、髪の手入れに関してはクドヴァンは不得手だったため、やはり召使に任せることになった。クドヴァンもそれに対して異を唱えなかった。
しかし、彼はどうしても今日はルナと一緒に風呂に入りたいらしい。
「どうして?」
「まぁまぁ、いいじゃないか。とにかく、罰ゲームとして今日は僕と一緒にお風呂に入る事、いいね?」
彼の意思は読めなかったが……しかし悪い話ではないとルナは判断し、首を縦に振ったのだった。
「ふぅ……」
「はぁ……」
浴場に息を吐き出す声が響く。ルナとクドヴァンの物だ。
二人は今、一人どころか二人で入るにしても広すぎる浴槽の中に腰を下ろしている。浴槽にはハーブ湯が張られていた。
普段は一人でつかる風呂で、いつも一緒にいる者が横にいる……それだけで何か特別なような気が二人はした。ベッドで互いの裸は何度も見合っているのに、こうして浴場で、湯の中で見てみるとまた新鮮だ。
ルナの身体は女性らしく丸みを帯びており、肌はシミ一つなくまるで新雪のように白く、美しい。湯面からは華奢な肩と、胸元と乳房の裾野が出ており、そこが眩しかった。そしてそこから下は湯の中で揺れて見えない。それがまた彼女の肢体を連想させてそそる。
一方、クドヴァンの方も、男として見栄えのする身体をしていた。ルナと一緒に研究をしている人間のため筋骨隆々といった感じではないが、細身の身体に堅そうな筋肉がついている。
「いつ見てもいい身体をしているわね、クドヴァン……いえ、そういう意味ではなくて……」
自分が言った言葉が官能的にとられたのではないかと思い、ルナは慌てて訂正する。それに対してクドヴァンは軽く笑っただけであった。分かっている。妻を守るために身体を鍛え、慣れない刺突剣を振っていることを言ってくれているのだと。
「ルナも……きれいな身体をしている」
「ふふふ。それはエロティックな意味で言っているわよね?」
二の腕を使ってルナは胸を寄せた。湯面に浮かぶ白い双丘が互いに軽く潰れ、一本線を形成する。その谷間にクドヴァンは思わず目が吸い込まれた。と
突然、ばしゃりと湯が顔にかかった。ルナがお湯を弾いたのだった。
「ふふ、私がいくら綺麗だからって見過ぎよ、クドヴァン」
「す、すまない……」
「うぅん、いいわ……この身体はクドヴァンの物だから……」
恥じ入るクドヴァンにルナは笑ってみせる。ちょっといたずらがしたかっただけなのだ。チェスでは散々な目にあったのもあるし、この後に何かされることに対する前倒しの仕返しでもあった。
そう、ルナはある程度は予測していた。クドヴァンはただ単に自分と風呂に入りたがっているわけではないと。もし風呂に入りたがっているだけなのであれば、自分が召使に髪を洗ってもらってから一緒に入ればいい。だがクドヴァンはそれも拒否して最初からルナと一緒に風呂に入ることを望んだ。何かあるはずなのだ。多分、髪が乱れるようなことが。それが何かまでは分からないけど。
ル
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