ざざーん、ざざーん……
「はぁ、はぁ……」
さざなみの音が響く中、勇者フランツは荒い息をついていた。両手剣を持っているがその切っ先は砂浜に落ちており、彼が疲れ始めているのを見せていた。
彼に相対している相手は一人の女性だった。赤みがかった髪をツインテールにしている。つやつやしている肌は少し日焼けをしており、陽の光を受けて輝いていた。服は薄ピンク色の衣を羽織っている。髪型や大きな目から幼い印象を受けるが、胸元では大きな膨らみが羽織っている服を押し上げていた。
そこまでは極普通の女性と言えよう。だが下半身は異形の代物であった。赤くて硬そうな甲殻、それに覆われた五対の脚。彼女の腰周りは白い甲殻に覆われており、内側はブラシのような物が備わっている。その横ではオニキスのような目玉がフランツを見据えていた。そして何より特徴的なのは、女性の上半身ほどもありそうな巨大なハサミだ。そう、彼女の下半身は、まさしくカニ。
『噂には聞いていたが……キャンサーがここまで強いとは……』
キャンサーとは見た目通り、カニの魔物娘である。その甲殻は極めて硬く、ハサミも強力で挟まれると逃げられないらしい。
フランツは自分の国、イルトスト王国の王にこの砂浜に住み着いたキャンサーの討伐を頼まれてここに来た。なんでもここに造船所を造りたいらしい。追い払うくらいは簡単だろうと思い、他の任務から帰還したばかりであったがフランツは頼みを受けた。だが少々甘かったようだ。フランツの両手剣の攻撃は全て硬い甲殻に弾かれてしまう。人間の部分を狙おうかとしても爪でガードされてしまう。厄介な敵に出会ってしまったとフランツは腹の中で舌打ちした。
「……」
無言でキャンサーはカチカチと爪を打ち鳴らしている。威嚇の仕草だ。追い払おうとして剣を振り回したのだ。無理もないだろう。
「なあ……もう止めないか?」
なんとかしてこれ以上の戦闘を回避しようとフランツはキャンサーに声をかけてみる。キャンサーは爪を打ち鳴らすのを止めない。
「俺はまだ魔法攻撃を残している。別にお前を殺しても構わないんだが……お前がこの砂浜から去りさえすれば俺は教団の思想とかどうだとかなんでもいい。引いてくれないか?」
キャンサーは首を横に振った。
「……いきなり喧嘩をしかけてきて、それはない。それに……私一人が退いても、私の他に仲間がたくさんいる……」
「くっ……」
やはり逃げてくれないか……しかも仲間がいるとは。フランツは歯噛みする。
「ならば仕方がない。くらえ……!」
フランツは右手を振り上げた。その手のひらに光が収束する。光はあっという間に一抱えほどの大きさとなった。その光の玉をフランツはキャンサーに投げつける。これで怪我でもすれば相手も退いてくれる。そう思った。いや、そうでないとフランツが困る。
しかし、その困る事態が起きてしまった。光の玉はあっさりとキャンサーの爪によってまっすぐフランツの方へ跳ね返されたのだ。
「ぐわぁあああっ!?」
光の玉が直撃し、フランツは跳ね飛ばされた。そのまま二回転ほど浜辺を転がり、突っ伏す。倒れたフランツにキャンサーがゆっくりとにじり寄った。
「……危ない魔法ね。でもその魔法を、警告してから使うなんて……あなた、意外と優しい?」
「う、うるせぇ……」
剣を杖にしながらフランツは立ち上がった。甲殻が硬くて物理攻撃が通らないなら魔法で……その考えが浅はか過ぎたようだ。
立ち上がるフランツをキャンサーはじっと見る。いつの間にか彼女は威嚇をやめていた。そしてぽつんとつぶやく。
「ルックスもいいし、強そうだし……いいかも」
まずいとフランツは思った。どうやら自分はこのキャンサーに気に入られてしまったらしい。とすると、逃げても追いかけられる可能性が極めて高い。疲労と今の魔法のダメージで逃げ足も鈍っているだろう。とすると、逃げ切れる保証は全くない。
『とするとコイツに接近戦を挑んで、顔面を殴ったりしてひるませたり気絶させたりする他ない……』
それも上手く行くかどうかは怪しいが、他に手はない。ゆっくりと息を吐きながらフランツは剣を構えた。
かち、かち……再びキャンサーが爪を鳴らし始める。しかしその音は先ほどの威嚇と比べるとどこか軽い。その音に合わせるようにしてキャンサーが小刻みに身体をゆすり始めた。先ほどと構えが違う……だが警戒したところで道は開かない。
「うおおおおお……!」
両手剣を振りかぶり、フランツはキャンサーに襲いかかる。そして剣を振り下ろした。今までハサミで弾いて防いでいたキャンサーだったが、ここで横に体を開くようにして避けた。まるで舞踏のような動きだった。ハサミのリズムに合わせて舞われる踊り。
「はあああっ!」
縦に振り下ろした剣を今度は横に振り抜く。それ
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