「勝負だヴァンパイアぁあ!」
とあるヴァンパイアの住処に、男が一人入り込んで、主の間に入るなりそう叫んだ。
そこの主であるヴァンパイアはちょうど起きた直後の食事を取ろうと、硬い黒パンを引きちぎってチーズを乗せて食べようとしているところだった。
「……無粋ね。人間の分際で……土足で食事中に上がり込んでくるとは……」
「ワリィな。だけど俺は食事すらまともに食えない身なんでね、アンタを倒さなければ……!」
そう言って男は弓を構えた。なるほど、なかなか様になっている。
しかし、ヴァンパイアにとっては所詮人間だ。
「ふっ……」
手に持っていた黒パンを男の眉間を目掛けて投げつける。慌てて男が避けようとしているところにヴァンパイアは素早く背中に生えている翼で滑空して間合いを詰めた。そしてその額を指でピスッと弾く。
「いたっ!」
男の頭が後ろに飛ぶ。だがヴァンパイアは容赦しない。二発、三発と立て続けにデコピンを男に打ち込む。
「はっ!」
とどめの一撃。最後に放たれたデコピンで男は身体ごと大きく吹き飛ばされて絨毯にもんどりを打って倒れた。
「ぐは……つ、強い……」
「ふん、人間の貴方が弱すぎるだけよ……去りなさい」
「……ち、ちくしょう! 今回は撤退して出直しだ!」
力の差を思い知ったか男は妙な言い回しでそう捨て台詞を吐いて主の間を出て行こうとした。滞在時間が一分にも満たない、あっさりとした撤退だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、出直すって……!」
ヴァンパイアは声をかけようとしたが、男が出て行くのが先だった。あとにはヴァンパイアが取り残される。
「……本当に彼は来るつもりなのかしら……」
そうつぶやきながらヴァンパイアは男に投げつけた黒パンを拾い上げて、食事に戻った。
「勝負だヴァンパイアぁあ!」
果たして、彼は半月ほどして再びヴァンパイアの元を訪れた。前に来たときと同じ時間に、同じ文句で、主の間に入り込み、弓を構える。
「……修行は半月で終えたの? たいしたものね」
「ちょっと頑張った」
胸を張る男に、ちょっとではダメだろうとヴァンパイアは黒パンを持ったままため息をつく。しかし、ともかく男は前回の言葉通り、ヴァンパイアのもとに挑戦に来た。夜の貴族、ヴァンパイアとして受けて立たねばなるまいと彼女は考えた。
「……ふっ!」
前と同じように、黒パンを投げつける。男はそれを素早く弓で叩き落とした。なるほど、前回よりは腕を上げた。ヴァンパイアが滑空してきても落ち着いて矢を放つ。
「そこまでは上出来ね。だけど……」
飛んできた矢をヴァンパイアはわずかに軌道を左に変えることで躱した。そして素早く男の横に立ち、側頭部を指でバチンと弾く。
「ぐわあああっ!」
激痛の咆哮を上げて男が吹っ飛んで床に崩れ落ちる。勝負はもうすでに着いていた。
「まだまだ駄目ね。去りなさい……」
「……くっ! 今日のところはこれくらいにしておいてやる! また半月後にチャレンジだ!」
男の言葉にヴァンパイアは眉をひそめる。
「人間の男と遊んでいる暇は私にはないの。来られるだけ迷惑なのだけど……」
「そうは言っても、俺にも事情と言うものがあるんでね……」
ヴァンパイアの言葉を無視し、男は去って行った。また、あとにはヴァンパイアが取り残された。彼女は嘆息する。
「あの調子だと、彼はまた来るわね……」
別に、本当に暇がないわけではないが、自分より下等な人間といつまでも戯れているつもりもない。さて、どうするか……考えながら彼女は男に投げつけた黒パンを拾い上げて食事に戻った。
「勝負だヴァンパイアぁあ!」
あれから半月後。男はまた前回と同じようにヴァンパイアに挑みに来ていた。しかし、今度は少々勝手が違っていた。
ガァン!
男が言い終わった直後にものすごい音が主の間に響いた。それに混じって男がグエッとカエルが潰されたような声を漏らす。彼の頭の上には金たらいが落ちていた。
「……この程度の初歩的なトラップにかかるとは……あなたの実力もその程度ということよ」
食卓から動かずにヴァンパイアはせせら笑った。男は悔しそうに唸る。だが悔しがっても、事実はそうなのだから仕方がない。屈辱と痛みに呻いているその男にヴァンパイアはさらに言った。
「さて、前も言ったとおり、私は人間といつまでも戯れているつもりはないの。それなのに私の手を煩わせたのだから……ちょっとくらいは命令を聞くわよね?」
「……ち、くしょう……何がのぞみだ」
戦う前から敗北が決まってかなりショックだったのだろう。打ちひしがれた声で彼はそう応えた。
「私は食事がまだなの。地下倉庫に行って作ってくれないかしら?」
「へ? 料理? あ、ああ……そんなんでいいのか? じゃあちょっと待っていてくれ
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