生活の荒野に舞い降りたキキーモラ

「今日も今日とて残業か……」
 11月だと言うのにものすごく冷え込む夜道を、俺はひとりトボトボと帰っていた。時刻は23時……帰ったら風呂を沸かして入って寝るだけだ。沸かすのは面倒くさいが、朝シャンはこの時期つらい。
 もっと早くに帰宅してゆっくりと飯を食って風呂に入ることだってできるのだが、俺は寂しい一人暮らし。帰宅しても何もすることがない。孤独を実感してしまうだけだ。彼女? うるせぇな、彼女いない歴=年齢の27才だよ。中学高校は男子校だったし、大学は工学部で女っ気なかったしな。
 そんなわけで俺は残業を多めにとって遅くに家に帰る生活をしている。飯は外食かコンビニ飯だ。まるで荒野のような、面白みも華も何もない生活だ。
 自分が住んでいるアパートが見えてきた。アパートのエントランスを俺は何気なく通ろうとしたが、とんでもない事実に気づいて足を止めた。
 俺のアパートの部屋の電気がついている。朝6時に出る時には消したはずだ。つまり、俺の部屋に誰かが勝手に入ってきたと言うことだ……!
「マジかよ……泥棒か何かか?」
 金目の物はそれなりにある。預金通帳とか。小型金庫にしまってあるが、今日日はその金庫ごと盗まれる世界だ。油断できたものではない。
「……あるいは、おふくろか?」
 そう言えば大学時代、何度かおふくろが合鍵使って家に上がってきて部屋の片付けをしやがったことがある。お陰で何がどこに行ったか分からなくなって 俺はマジギレしたっけな……だと言うのに何回か来たおふくろだ。大学卒業してからはもう社会人だからと言うことでそんなことはしなかったが……そう言えば今年はお盆の時期、帰らなかったな……それを不安に思って勝手に来たことも考えられる。
 いずれにせよ、良くないことしか考えられない。だが、いつまでもここでぐずっていてもしかたがないだろう。階段で2階にあがり、自分の部屋の前に立つ。ドアを開けて、あえて大きめの声でただいまと言った。泥棒ならこれで慌てて飛び出してくるはず。おふくろなら返事をするはず……
「おかえりなさいませ、旦那様♪」
 返事はかえってきた。だがそれはおふくろの物とは全然違う。まるで鈴のような可愛らしくて爽やかな声で、それでいて媚びていない、聞くだけで肩の力が抜けてリラックスできるような素敵な声だった。
 いやいやいやいや、声がいいのはともかく……お前、誰だよ!?
 警戒して玄関で身構えていると、奥から声の主が現れた……誰じゃこりゃ?
 顔はとても綺麗だ。少し垂れた優しそうな目、すべすべとしてそうな肌、口紅などしていなくても魅力的な笑みを作っているくちびる……すんごい美女だ。
 でも格好がかなりおかしい。無地の黒いロング・ワンピースに白いフリルつきロング・エプロン……早い話、メイド服。まあ、これはコスプレと片付けられる気もする。
 一番の特徴は人間じゃないことだった。手首からは羽箒のような羽毛がふさふさと生えていて、腰からは狼のような太くてもふもふとした尻尾が生えていて機嫌よさそうに振られている。スリッパを穿いているからわかりにくいが、チラリと見える足首はなにか硬い鱗か殻のような物で覆われていた。
 ふむ、魔物娘か……彼女いない歴=年齢な俺でも、魔物娘を見たことくらいはある。だから、彼女が人間じゃないことには驚かない。人間に対して危害を加えるような存在ではないことも知っている。だけどさすがにいきなり家にあがりこまれて、メイド喫茶のメイドよろしく挨拶をされたらさすがに驚いた。
「だ、誰だお前……」
 絞りだすような声でそういうのがやっとだった。にっこりと笑い、スカートを左右に開いて膝を曲げるお辞儀をしながら彼女は答えた。
「申し遅れました。私、キキーモラのローディナと申します。日頃より頑張っていらっしゃる旦那様、矢崎琢己(たくみ)様に仕えるべくこの度参上いたしました」
「仕える……?」
「はい、掃除洗濯お食事、なんでも致します。旦那様が望まれるのでしたら……ぽっ」
 何か最後に言った気がするが、それより俺は違うことに気が気じゃなかった。
「掃除洗濯って……まさか、もうやってしまった!?」
「はい、旦那様の帰りが思った以上に遅かったので……」
 最後まで聞かずに俺は靴を脱ぎ捨てて部屋に上がった。これじゃおふくろと同じだ! 勝手に片付けられてどこになにが行ったか分からなく……!
 と思ったが、リビングに入ってみて俺は拍子ぬけた。思っていた以上に片付いていない……いや、このキキーモラ、ローディナが手を抜いたとか仕事ができないとか、そういう意味ではない。俺が片付けていなかった食器は洗って食器棚にしまわれ、コンビニ弁当の空き容器や菓子の空袋などは全部捨てられている。だが、会社の資料などの場所は移動していなかった。片付けやすいけど探しづ
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