王女と勇者

「……こんなことって……」
 山の上からの風景を見て、勇者アンドレアは言葉を失った。彼の目の前には廃墟となった小さな王国が広がっていた。セントラクル王国……元は、彼の故郷だった王国だ。
「何が勇者だ! 何が人類の希望だ! ……何が『魔物は人間の敵』だ、くそっ……! 人間の一番の敵は人間じゃないか……!
 膝を突き、苛立ったように地面を殴りつけながらアンドレアは怒鳴り散らした。

 セントラクル王国は小さな宗教国家であった。決して裕福な国とは言えなかったが、王族を始め民は主神の教えを守り、つつましやかな生活を送っていた。そこで彼、アンドレアは生まれた。
 勇者の素質を持っていたアンドレアは16才の時、勇者としての洗礼を受けて旅に出ることとなった。各国の勇者と出会い、その力を束ね、魔王を討つために……
 彼が旅をして1年半ほど過ぎた頃、彼はある噂を聞いた。セントラクル王国の領内で銀山が見つかったらしい、と。本来なら国がこれで豊かになる、喜ばしい情報だ。だが彼はこの噂に言いようのない不安を感じた。
 アンドレアは旅を中止し、すぐに故郷に足を向けた。そして半年経って今、セントラクル王国を見下ろす岩山に立っている。
 結果は彼が見たとおり。セントラクル王国は滅ぼされていた。
とある国で鉱山が見つかったとなれば、絶対にその国がその鉱山を利用できるとは限らない。その鉱山を欲しがる国は他にもいるのだ。例え、武力を用いてでも。それをしたのがイルトスト王国だった。同じ宗教国家でもレスカティエとは違い武力があまりないセントラクル王国はひとたまりもなかった……

「……何が『魔物は人間の敵』だ、くそっ……! 人間の一番の敵は人間じゃないか……!」
 彼は地面に膝を突き、地面を殴りながら嗚咽していた。呪詛のように同じ言葉が彼の口から紡がれる。
 しばらくすると彼は地面を殴るのを止めた。すでにその拳は血が滲んでいる。だが彼はそれで終わりにしなかった。今度は地面をひっかき出した。ここは岩山のためすぐに彼の手は擦り切れ、血が滲む。しかし彼はひっかくのを止めない。まるで自分を痛めつけているかのようだった。
「結局、勇者とか言ったって、誰も守れないじゃないか……!」
 そう叫ぶ彼の脳裏には一人の女性が浮かんでいた。

「まあ、そんなになって! 大丈夫ですか?」
 6才から始めた勇者としての稽古は厳しかった。セントラクル王国の騎士相手に剣術の稽古、司祭や魔導師を相手に魔法の稽古……今になってやっと18になっているアンドレアだ。当時はまだ幼く、その身体で稽古は無理があった。騎士も司祭も魔導師もある程度は気遣ってくれたが、それはあくまで潰れてしまったら困るからだ。誰も本当の意味で心配してくれていない……幼いアンドレアは人間不信になりかけた。
 そんなボロボロになっているところに、我が身のことのように心配してくれたのがセントラクル王国の王女、ジュリー・セントラクルであった。
優しい王女に、人間不信になりかけていたアンドレア少年は唯一心を開いた。そして、彼女への信頼は憧れへと変わり、到達すべき望みの道標となる。
「ボク、ゆーしゃになったらジュリーねーちゃんをまもるんだ!」
 10年上の王女の前でアンドレアはしょっちゅうそう言った物だった。そしてジュリーはいつもこう返した。
「ええ、待っていますわ。きっと、私を守ってくださいね」
 勇者は世界の希望。決して、王女一人を守るための存在ではない。ジュリーにもそれは分かっていたはずだ。だがそれを言わずにそう返したのは、アンドレアの気持ちを思っていたからだろう。
 彼女の存在が彼の訓練へのモチベーションともなった。アンドレアはジュリーに会ってから着実に力をつけていった。
 やがて、アンドレアに旅立ちの時が来た。
「きっと、無事に帰ってきてくださいね、アンドレア。私はずっと、あなたを待っていますから」
 ジュリーの部屋の前で。ジュリーはアンドレアに手製のお守りを渡しながら言った。同じお守りをジュリーは自分にも作ったらしい。これでお揃いですね、とジュリーは笑っていた。
「努力します、ジュリー様」
「努力するじゃなくて、帰ってきてください。幼い頃、あなたは私に言ってくれましたよね?『勇者になったら、ジュリーねーちゃんを守るんだ』って」
「……幼い時の話です。そして、勇者は一人の人間を守る者ではありません」
 ジュリーが、幼い時に自分が言っていたことを覚えてくれていたのは嬉しかった。だが、アンドレアはその気持ちを押し殺した。信頼から憧れ、目標、そこから発展した気持ちと一緒に。
「さらばです……」
 アンドレアは背を向け、歩き出した。

 それが最後の会話となってしまった。アンドレアが帰ってくる前に帰るべき場所は滅ぼされ、そして幼いころに守る
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