強情で猪武者な女騎士とスカした軍師の場合

 兵団の先頭で馬に乗る女騎士がため息を付いた。彼女の名前はジェシカ・アンジェラス。反魔物領であるイルトスト王国の騎士団長だ。
「団長……何か困ったことでも?」
「いや、あいつと戦うのがいろいろ気が重たいんだ」
 部下の言葉にジェシカは答えた。

 これからジェシカが討伐に向かう相手は、かつての同僚、イルトスト王国の元軍師であるヴォクレイ・アムスキアだ。
 軍師だった彼は、白兵戦を好んで力を信じて突
#25802;するジェシカのことを、いつも猪と言って笑っていた。対してジェシカはもやしのように軟弱でかつ狡猾なヴォクレイを毛嫌いしていた。
 しかし、悔しいかなジェシカはいつもヴォクレイの策に助けられていた。またヴォクレイがジェシカの武力によって助けられることも多かった。
あまり認めたくはないが、権力と欲望にまみれたイルトスト王国の上層部の世界で唯一、互いの悪口を言い合い、それでいて互いの短所を埋め合うことができた存在だと思う。
 そんなある日、ヴォクレイが戦士したとジェシカは告げられた。なんでも、彼らしからぬことに戦略ミスで軍団が孤立してしまったらしい。彼が死んだことでジェシカは張り合う相手がいなくなり、どこか虚無感のような物を感じていた。
 だがつい先日、実はヴォクレイが生きているという情報が入った。しかもそのヴォクレイは魔物側についたという話だ。
 彼の軍略が魔物に利用されては危険だ。事態を重く見たイルトスト王国の幹部たちはジェシカを討伐に派遣したのであった。

「あいつの狡猾さを私はよく知っている。だから気が重いんだ……だが」
 美しき顔を曇らせ、ため息をついていたジェシカが顔を上げる。彼女の目には怒りのような物が渦巻いていた。
「前々からいけ好かない奴だと思っていたが、魔物側に与するとは、どこまでも見下げた奴だ。あいつは絶対、私が討伐する」
 そう強く言い切り、ジェシカは腰の剣を強く握り締めるのであった。

 ジェシカたちの軍は、ヴォクレイが住んでいるとされる、国境に広がる森にやってきた。しかし、その入口で早速ジェシカたちは足止めをくらう。
「くそっ、なんてややこしいものを……」
 苛立った声を上げてジェシカは目を向く。彼女の視線の先にはロープがあった。木と木を繋いでおり、ちょうど馬より少し高い位置に張られている。このまま走ろうとすると騎乗者が落馬する、単純かつ効率のいい仕掛けだ。
 ロープが張られているのはそこだけではない。森のいたるところにそのロープが張られていた。
「隊長! いちいち縄を斬っていると進軍に手間取り、奇襲を受けやすくなると思われます! ここは馬を降りて進むべきかと……」
「むむむ……」
 唸っていたジェシカだったが、部下の言うことは正しい。後続の兵士たちに振り返ってジェシカは命令と警告をする。
「皆、馬から降りよ! そして森に入ったら警戒せよ! 敵はこのような卑怯な策でこちらを攪乱する奴だ! それに負けてはいけない! 皆、私に続け!」
 自身も馬から降り、ジェシカは先頭を切って進んだ。しかし、このように森の入口で仕掛けにぶつかったことから、彼女の軍の士気はすでに下がっている。
 すでに彼女はヴォクレイの手のひらの上だった。


「くそぉ! ヴォクレイめ、どこまでも卑怯な手を……!」
 大木を背にして矢を防ぎながらジェシカは悪態をつく。森に入って彼女とその軍を待ち受けていたのはヴォクレイの策略の嵐だった。
 あるときは木の上からエルフたちに魔界鉄の矢を浴びせられた。ある程度攻撃したらエルフたちは逃げていく。
 それを追撃しようとしたらジェシカの軍は落とし穴にはまった。落とし穴に落ちた兵士たちは他の森に住む魔物達に連れ去られた。
 また、あるときは砦を見つけて攻撃しようとしたら、それは無人で防御にも使えないようなハリボテのような砦だった。そこに入り込んだ兵士はホーネットやケンタウロスによって一網打尽にされ、連れ去られてしまった。
 これらの罠やゲリラ戦法によってジェシカの軍は統率が取れなくなり、散り散りになった。ジェシカも今、一人でこの大木の影に潜んでいる。
『戦争としては完全な負け戦だな……だがこのままおめおめと国に帰るつもりはないし、私もそれで終わるつもりはない。ヴォクレイさえ討ち取ればいいのだ……!』
 矢の攻撃が止んだのをはかってジェシカは大木の陰から飛び出し、道なき道を走り抜けた。その足取りに迷いはない。
 少し前、彼女はヴォクレイが指揮をとっているらしい陣を見つけていた。男を連れ去った、武装している魔物娘が向かう陣があったのだ。そこに帰投するということはそこが本陣に違いない。ジェシカはそう当たりをつけていた。
 そして今、その陣が今目の前に見える。身を潜めてそこに身を踊らせようとしたジェシカだっ
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