後編

「どこだ!? 一体どこに行ったんだ!?」
真夜中。アレクセイは朝の時以上に血眼になって小屋の中を探し回っていた。探している物はもちろん、壊れたダリアである。
仕事から戻ってみると、ダリアの残骸が消えていた。今朝、直したダリアが忽然と消えたのと同じように。
机の下を見てみてもベッドをひっくり返して見てみても見つからない。小屋の外や焼却炉も探してみたのだが、それでも見つからなかった。
どうせ見つかっても直せないのだから、探すのは諦めてダリアに似たような人形を買うという手段もある。しかし、アレクセイはその手段を選ぼうとはしなかった。彼はコンチエッタに、そしてその分身とも言えるダリアに対しては誠実でありたいと思っていたからだ。
だが見つからないものは見つからない。この世の終わりが来たかのような表情で、彼は部屋の真ん中で座り込んだ。とりあえず今日は諦めて寝よう、明日もまた仕事がある。そう考えて彼はノロノロと立ち上がり、ベッドだけは元に戻した。
部屋着に着替えてベッドに潜り込もうとしたその時、控えめなノック音が小屋に響いた。
「アレクセイ、いますか?」
呼ばれたアレクセイは飛び上がる。その声はまぎれもなくコンチエッタの物だった。良家の令嬢なら寝ているはずの夜も更けているこんな時間に何の用であろうか? そもそも、令嬢がこんな庭師の小屋を訪ねること事態がおおごとだ。不信に思いながらアレクセイは扉を開けた。
コンチエッタがそこに立っていた。姿を隠すかのように、頭をフードですっぽりと覆った外套を身にまとっている。
「ごきげんよう、アレクセイ」
「こ、こんばんは、お嬢様……いけません。こんな時間に僕のところに来るとは……」
「あら? どうして? お父さまのことがこわい? だいじょうぶ。だれにもバレてないですわ」
くすくすとコンチエッタは笑い、影のようにするりと小屋に入り込んだ。とたんにむぅと不機嫌そうに唸り声をあげる。表情はフードを目深にかぶっているため、見えない。
「なんなのですか、アレクセイ。このめちゃくちゃなおへやは……」
「あ、いや、その……探し物をしていまして……」
コンチエッタに対して誠実でありたいとは思うが、ダリアを今紛失していることを知られたくはなかった。しどろもどろになりながら、ごまかすようにして答える。その答えを聞いてコンチエッタがまたくすくすと笑い出した。フードから覗く口元がにぃっと釣り上がっている。
「ふふふ……さがしものって、これ?」
後ろ手に隠していた物をコンチエッタはアレクセイにつき出す。彼女の手にある物を見て仰天のあまり、思わずアレクセイは後ろに数歩後ろに下がった。その足がベッドに当たり、そのまま仰向けに転ぶ。
コンチエッタの手にあるのは無論ダリア、それも完全に修復されている物だ。
幽霊でも見たかのようにアレクセイはわなわな震えて人形を凝視する。それだけでも十分に驚いたのに、その先がまだある。ダリアが口を開いてしゃべりだした。
「はじめまして……って表現は正しくないかしら? でもこの姿では『はじめまして』よね。こんばんは、アレクセイ。リビングドールのダリアよ」
「あ、あ……」
口をぱくぱくさせ、声にならない声をアレクセイはそこから漏らす。だがパニックに陥っている彼の頭の中にふと、ひとつの考えが浮かび上がってきた。
大切に使われた物には感謝の念が宿って持ち主の元へ恩返しに行き、ぞんざいに扱われて捨てられた物には怨念が宿って持ち主の元へ復讐に行くのがジパングの付喪神の魔物、提灯お化けだ。そんな魔物娘がいるとしたら、そんな人形の魔物娘がいたとしても不思議ではない。
「あたしが魔物娘であることは理解してくれたみたいね」
そこでアレクセイの思考が止まる。コンチエッタが無造作にダリアをアレクセイに向かって投げていた。ダリアは空中で身体をひねり、アレクセイをベッドの上に押さえつけた。この人形の小さな体のどこにそんな力があるのかと思うくらい、ダリアの組み伏せる力は強い。
「どう? これでもあたし、半分の力も出していないのよ?」
「くっ……離せ!」
「だーめ
#9829; そんなことよりアレクセイ。こんなに強い魔物娘がいつもコンチエッタのそばにいたってことは……分かるでしょう?」
ダリアの言葉にアレクセイは冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。精の生成能力が低い人間の女性が魔力に晒され続けると、その身体から少ない精が失われて代わりに魔物の魔力に蝕まれる。その結果は……
「まさか……!?」
「うふふ……」
笑い声を上げたのはコンチエッタだった。今までかぶせられていたフードが下ろされる。
彼女の流れるような頭髪から伸びていたのは魔性の証、二本の角だった。
さらにコンチエッタは外套も肩から落とす。彼女は外套の下には何も身にまとっ
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