「アレクセイ、またこわれてしまいました……」
とある中流貴族の家にて。そこの令嬢であるコンチエッタ・カスティリオーネが庭師の青年に大きさ一フィート(約三十センチメートル)の人形を差し出していた。
「お嬢様、またですか……」
呆れたような声を漏らしながらアレクセイはその人形を受け取った。美しい少女の人形なのだが首はあらぬ角度に曲がっており、右腕がもげてしまっている。
コンチエッタのお気に入りの人形でダリアという名前も付いているのだが、コンチエッタはよくこの人形を壊す。亡くなった母に与えられた人形と言うこともあって大事にはしているのだが……
「だってお父さまがまたおこごとをいうのですもの……」
「だからって癇癪を起こしてこれを投げられるのも……」
そう、彼女が感情を爆発させたとき、真っ先に被害に会うのがこのいつもコンチエッタが持っている人形、ダリアなのだ。精巧な人形が投げ飛ばされて無事なはずがない。このように人形が壊れてしまった回数はもう何度になることか。その度にアレクセイがこの人形を直していたのだ。
貴族の令嬢と庭師……普通は会話が許されぬほどの身分の差があるが、このような事が多いため、二人は会話することが多い。コンチエッタにとってアレクセイは人形を必ず直してくれる上、愚痴も聞いてくれる大事な存在であった。
「なおりますか、アレクセイ?」
「まあ……なんとか……さぁ、そろそろお夕飯の時間でございましょう。これは明日の朝までに直しておきますからどうぞお嬢様は食堂へお行き、そのままお休みになってください」
「ありがとう、アレクセイ!」
ぴょんと飛び跳ねながらコンチエッタは礼を言う。貴族の娘である彼女への躾は厳しい。さらに彼女の母親は他界している。そんな彼女が年相応の感情を見せ、甘えるのはアレクセイの前だけであった。コンチエッタののびのびとしたほほえましい喜びの表現にアレクセイも顔を緩める。
アレクセイに礼を言い、侍女を呼びつけてコンチエッタは去っていった。その様子を見送ってからアレクセイも自分に与えられた小屋に向かった。
「さて……これはちょっとだけ骨が折れますね……」
小屋の机に座り、人形のドレスを脱がせ、右腕と首を観察しながらアレクセイはため息をつく。首は球体関節がちぎれかけており、右腕に至っては裂けていた。中に入っている金属部分は問題ないが、はめて終わり、というわけには行かないようだ。
「まあ、そういう時のためにスペアを用意してあるのですが」
そう一人笑ってつぶやきながら、アレクセイは引き出しを開けた。中には人形の関節が2ダースほど転がっている。あまりにもコンチエッタがダリアを壊すので予め用意していたスペアだ。
アレクセイは壊れた関節を取り除き、新たな関節を取り付け、その上から首や腕を取り付けた。さらに、顔や髪など汚れてしまっているところも手入れする。あっという間にダリアは新品と見紛うばかりに修復された。
「それにしても……これで何度目でしょうか?」
コンチエッタがこの人形を壊したのは。一人アレクセイはつぶやく。三ヶ月ほど前に始めてこの人形の修理を依頼されてから、二十回以上は壊している気がする。いくら癇癪を起こして投げ飛ばすとは言え、多すぎるとアレクセイは思った。
「亡き奥様の形見ですのに……こんなに可愛いのに、この人形がかわいそうですよ……」
アレクセイは修復を終えた人形に服を着せることもなく、まじまじとその人形を見つめていた。傍から聞くとかなり危険な発言だ。だが確かに、ダリアはよくできており、可愛いと言う物は多いだろう。人形は雪のように白い肌を持ち、つぶらでアメジストをあしらった紫の瞳を持ち、流れるような琥珀色の髪をしている。
そしてなんと言ってもこの人形はコンチエッタのお気に入りである。肌身離さずコンチエッタが持っているこの人形は、言わば彼女の身体の一部、あるいは分身のような物でもある。それを自分は預けられているのだ。
「ああ、コンチエッタ様……」
ダリアをコンチエッタに重ね、アレクセイは裸の人形を抱きしめる。彼は自分の雇い主である貴族の娘のコンチエッタに好意を寄せていた。だが彼は庭師、彼女は令嬢。この恋が叶うはずがなかった。そんな彼が行き場のない気持ちを吐き出すのが、この人形であったのだ。こうして抱きしめてみたり、あるいはその小さな口にキスをしてみたり……
随分倒錯的なことをしているという、自覚はあった。だが彼はそれをやめられなかった。一度、精液を人形にかけたことすらあった。なかなか汚れが落ちなくなってしまったのでそれ以来はしなくなったが。
「……いけない」
ふと我にかえり、アレクセイはダリアを胸から離す。裸のダリアは、コンチエッタの分身が名残惜しそうにアメジストの瞳がこちらを見ている気がした。その魅力的な瞳から強引に
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