in the coffin

一週間ほど経って、ルナとクドヴァンは本家の館に向かうことになった。
転移魔法でブラントーム領の中心地にあるルナの小さな別荘に向かい、そこから馬車に揺られて屋敷に向かう。
「なんだってそんな面倒なことをするんだ」
夕日に照らされて橙に染まる豪華な馬車の中で。ブラントーム家の当主、メランアリコに見せる資料の最終チェックをしながらクドヴァンは訊ねる。
「力を見せるためね」
ルナが気だるげに応えた。本来であればまだ眠っている時間なのだ。それに日がまだあるため、力も奪われている。彼女はクドヴァンの隣で馬車の席に脱力した様子で身を沈めていた。
その気になれば転移魔法で一気に屋敷の中に入ることはできる。しかし、貴族はそれではいけないらしい。多くの者が屋敷を出入りしているところを見せ、その顔の広さや財力をアピールする必要があるのだ。むろん、その訪れる者が小汚いのもいけない。そしてそれらをアピールするわけだから、真夜中に訪問するのでは意味がない。
以上のような理由でルナたちは面倒ながらも一度家に行って馬車を持ち出し、日のあるうちにブラントームの本家の屋敷に向かっているのだ。
「はふぅ……」
ルナが小さくあくびをした。先ほどの通り、本来ならまだ眠っている時間なのだ。
手で口元を覆ってあくびを消したルナはクドヴァンにもたれかかった。
「少し眠るわ。着いたら起して」
「了解。ごゆっくり……」
クドヴァンの返事を遠くで聞きながら、ルナは馬車の揺れと夫の体温の効果もあって、眠りの世界に誘われ、そのままそこに身を躍らせた。



日が暮れようとするころに、ルナとクドヴァンを乗せた馬車はブラントーム家の屋敷に着いた。
正門で手続きをし、さらに広大な敷地の中を馬車で抜ける。夜の帳が完全に降りたころ、二人は馬車から降りて客間に通された。
「メランアリコ様はまだ眠っていらっしゃいます。謁見まではもう三時間ほどお待ちください」
「……分かったわ、ありがとう」
メイド服を身にまとったヴァンパイアに対して、ルナは少々面倒くさそうに頷いた。
「サンドイッチか何か、軽食を召し上がりますか?」
「いただこうかしら。クドヴァンは?」
「いただきます」
やや堅い調子でクドヴァンは応えた。インキュバスとなり、ルナとほぼ対等な立場である彼だが、今は公共の場にいる。
今はルナの部下であり、執事として振舞っているのだ。
「かしこまいりました。すぐにサンドイッチと紅茶をお持ちいたします。失礼します……」
メイドのヴァンパイアが一礼する。そして自分が落としている影の中に沈み込んで姿を消した。急に彼女が消え失せた空間をぽかんとクドヴァンは見つめる。
あっけにとられている彼の様子を見てルナは近くの椅子に座りながらくすくすと笑った。
「あのくらいは私にもできるわ。分家とは言え、給仕に劣る私ではないわ」
「そうなのですか」
彼女と小さなラウンドテーブルを挟んだ席に腰を下ろしながら、堅い言葉でクドヴァンは感心した。今は二人きりなのであるが、いつメイドが戻ってきたり、あるいは別の用事で呼ばれたりするか分からないため、堅い言葉のままだ。
しばらくして、先ほどのメイドがサンドイッチとティーポット、そしてティーカップを二つ持って現れた。サンドイッチをラウンドテーブルに置き、紅茶をカップに注ぐ。
情事の時とはまた異なる、まろやかな香りがあたりに広がった。
「ではごゆっくり……御用がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
メイドは一礼し、先ほどと同じように影に沈み込んで部屋から出て行った。
「緊張している?」
サンドイッチを一つつまみながらルナは訊ねる。
「ええ、まあ……」
苦笑のような照れ笑いのような困った顔をしながら、クドヴァンもサンドイッチを一つつまんだ。
クドヴァンは何回かこの屋敷を訪ねたことがあるのだが、未だに慣れない。正確に言えば、三度だ。一度目はルナと結婚することをルナの祖母に報告した時、二度目はメランアリコの結婚式の際に、そしてこれが三度目だ。
しかし、三度目だと言うのにこの格式張った雰囲気に、クドヴァンは押しつぶされそうだった。
「貴族って面倒ですね……」
「仕方ないわね。常に男と交わっていたい魔物娘でも、誰かがみんなをまとめあげて、いろいろとやらなきゃいけないわけだからね……」
そう言ってルナは遠い目をした。おそらく、久しぶりに会う従妹のことを思い浮かべるのだろう。
若くして家督を継いだメランアリコは、年齢だけで見れば結構長く生きているが、魔物娘の目から見ればまだまだ幼い。
そんなメランアリコだがどんな人物かと言えば、良くも悪くもヴァンパイアらしいヴァンパイアだ。人間のことを見下し、決して情欲には流されない。少し前に由緒正しき貴族の家から婿を迎えたが、まだ夫は人間だ。
分家であるルナ
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