木下晶子

ワンルームマンションに射し込む朝の陽射し……その陽射しに、んんんっ、と布団にくるまって眠っていた女は呻き声を上げた。
彼女が身を横たえている敷布団は二人分で、あまり広くない部屋の中でかなりのスペースをとっている。
だが、彼女はひとりで眠っていた。
「……!?」
呻き声を上げていた女の目がうっすらと見開かれ、そしてガバっと跳ね起きる。
昨日、彼女は男と一緒に寝ていた。だがその男は今、ここにいない。
「……そう言えばそうよ。何寝ぼけているんだろ、私…………」
独りぽつんとつぶやいて女は苦笑する。
頭を掻いて携帯電話に手を伸ばしてみると、メールが来ていた。
『おはよう。起こすのも悪いと思ったからこっそり出たわ』
恋人の吉田浩介からのメールだった。そのメールを見て彼女の口角が軽く釣り上がる。
彼は、今日は朝早くから大学に行かないといけないと昨日言っていた。
安心した彼女は風邪をひかないようにとロングTシャツとフリースを羽織ってから、もぞもぞと布団から這い出た。
掛け布団から現れた彼女の下半身はムカデそのもの……
恋人がいると言うこともあるが、二人分の敷布団はこの大きな身体で寝るためでもある。
朝から、抱きしめて眠っていたはずの恋人がいない事態には少々焦ったが、大百足の木下晶子の一日はこうして始まった。



恋人の浩介はゼミの都合で朝早くから大学に行ってしまったが、晶子の講義は午後からだ。のんびりと彼女は朝食の準備にかかる。
とりあえず目覚めの一粒に虜の果実をつまみながらローテーブルを調べると、深皿が出しっぱなしになっていた。
横にはシリアルと牛乳が置かれている。
「……って、牛乳出しっぱなしはダメでしょう」
おそらく、遅刻しそうで焦っていたのだろう。苦笑しながら晶子は自分のマグカップに牛乳を注いでから、牛乳パックを冷蔵庫にしまった。
皿も片付けようと手を伸ばす。その手がふとその皿の中に残っている物を見て止まった。
皿の中にあったのは、スプーンだ。特にこれと言った特徴はない、大型のステンレス製のスプーンである。
しかし彼女はそのスプーンを右手にとり、ゴクリと喉を鳴らす。
『こ、これって……つまり、浩介が使って時間が経っていないスプーンだよね?』
独り顔を朱に染めて、彼女は考える。これに自分が口をつければ間接キスだ。そんなことを独り考えて晶子はドキドキしている。
なんとも子どもじみた考えだ。それにわざわざそんなことをしなくても、彼女には恋人がいて、直接キスすることもできるし、それ以上のことだってすることができる。
しかし……今、その彼は大学に行っていてこの場にはいない。そして彼が使ったスプーンと意識してしまうと、晶子は自分を止められなくなっていた。
「ん……れる……」
気づいたら舌を伸ばし、晶子はスプーンの背を舐めた。
好きな人が口をつけた食器に自分が口をつけて間接キスをする……それで独り興奮するとは、随分変態的な行為だ。
だが大百足にとって、直接だろうと間接だろうと、キスには特別な意味があった。
「ん、んああっ!」
突然、晶子は身体を縮こまらせ、びくっと震わせた。スプーンを舐めた口からも甘い嬌声が上がり、そしてそのひとなめだけで、彼女の口から吐息が漏れ始める。その吐息は瞬く間に数が増え、はっきりと熱っぽくなった。彼女の肌も上気している。
「んああ……浩介ぇ……浩介の使ったスプーン……」
うわごとのように彼女はつぶやきながら、スプーンを左手に持ち替え、再びそれに舌を這わせる。ぬるぬると舌がなめくじのようにスプーンを這い動くたびに、彼女の身体がビクビクと震えた。
フリーになった右手は下へと降りていく。腰より丈が長いロングTシャツの裾をまくりあげ、右手を潜り込ませた。
シャツの下で右手が捉えたのは、晶子の女性器……
「あっ! んあ、はぁあ……もう、こんなにぃ……」
ぬるりとした感触が指先に感じ取られ、彼女は吐息を漏らす。もうすでにそこはすっかり濡れていた。
大百足は毒を持つ魔物娘である。彼女達は獲物である男を捕まえると口や顎肢で噛み付き、毒液を注入する。その毒液は男を脱力させ、発情させ、しびれるような快楽を与えるのだ。
そんな武器を持っている大百足だが、大きな弱点を持っている。
男の唾液だ。
男の唾液は大百足の毒液と反応し、彼女達自身ですら制御できない毒となり、彼女達に絶え間無い激しい快感を味あわせる。
ゆえに大百足の木下晶子は、恋人が使ったばかりのスプーンを舐めるだけで発情しているのだ。
「はうぅ……浩介ぇ……気持ちいい? 私のお口、気持ちいい? ん、れる……」
スプーンを恋人のモノに見立てているのか、独りでそんなことをつぶやく。愛しい男が口をつけたものを舐めしゃぶりだすともう止まらない。
「んふうううっ!」
全身のあちこちで毒が爆発して
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