風の強い日だ。少し前まで晴れていたかと思ったら、あっという間に雲が空を覆って暗くなり、雨が降りだした。先が見えないくらいの激しい雨だ。
「わー、雨だねー」
俺の横で誰かがのんびりした声を発する。俺の幼馴染の霖(りん)だ。
「どこかー、お出かけ、したいなー」
こんな土砂降りの雨の中、彼女は外出したいと言う。まあ、彼女ならそんな気分になるかもしれない。彼女は人間ではなく、おおなめくじという魔物娘なのだから。
だが、人間の俺はそうは行かない。傘をさしてもこの横降り雨だと濡れてしまうだろう。一方で日が照っている時に外出するのは彼女にとって苦痛だ。動きが遅いおおなめくじであるならばなおさらである。
結局、霖と勉強を教えに彼女の家に来ている俺は、休憩時間も家から出ずにのんびり過ごすことになる。
雨のおまじない、逆さまのてるてる坊主が得意げにこちらを見ている気がした。ちなみにこれは俺が幼稚園のころ、彼女にプレゼントした物だ。さらにちなむと俺の部屋にもてるてる坊主があって真っ直ぐにぶらさがっている。それは霖がお返しにプレゼントしてくれたものだ。
「困ったねー」
言葉とは裏腹な口調で霖は言う。実際に困っていないのだろう。そして俺もそうだった。
どこかに出かけるのもいいかもしれない。だが、別に出かけなくたっていい。とりあえず横に彼女がいるのは変わらないのだから。
彼女とはずいぶん長く一緒にいる。物心が付いたころから家は隣同士、小学校も同じ、エスカレーター式だったため中学校も高校も同じ。
あらゆる行動のテンポが遅い彼女とペースを合わせるのは大変だった。遊ぶ時も、学校に行く時も、勉強をする時も苦労したものだ。彼女がいない日などほとんどなかった気もする。いじめられることこそなかったが、霖と彼女にペースを合わせる俺はおいてけぼりを喰らうこともしばしばだった。
でも、不思議とそれは思うほど苦痛ではなかった。霖の横にいてペースを合わせて行動していると、心にゆとりをもてた。1才年上の分、彼女を助けてあげないとと思えるようになった。いつものんびりしていてふにゃりと笑っている温厚な彼女に、素直な感情を打ち明けることができた。
いつからだろうか。横にいるだけで心臓が、彼女のペースに合わない早鐘を打つようになったのは。今もドキドキしている。
「んー? どうしたのー?」
そう彼女に声をかけられ、ハイテンションな心臓がさらに強くどくんと打つ。始めて知る感覚だけど、これがなんなのか、俺は分かっている。
俺は、彼女が、霖が好きだ。
今まで「一緒にいて当たり前の幼馴染」だったけど、これからはそれに「大好きな人」を加えたい。
しかし悲しいかな、始めての恋の感情に俺は振り回されていた。思い余って彼女に襲いかかってめちゃくちゃにしたいって感情と、彼女を傷つけたくないって感情がいなまぜになっている。
いつ、どのタイミングで、どんな言葉で告白すればいいか、分からない。密かに趣味にしている占いで何度も何度も調べてみた。だが満足の行く答えは出ない。結果、もやもやしたまま俺は今日も彼女の横で動悸を感じている。
「明日はー、晴れるかなー?」
そんな俺の気持ちを分かっているのか分かっていないのか、霖はのんびりと雨に煙る外を見ている。少しは心臓の鼓動が収まってくれるかと思って、俺も外を見た。
こんな雨だと霖は喜ぶだろうが、俺はちょっと憂鬱だ。外に出て、自分の家に帰るのも億劫だ。
「晴れたらー、陽平はどうしたいー?」
「うぇっ?」
ふと霖に尋ねられて俺は変な声を上げる。どうしたい? さっきまで霖のことや告白のことなどを考えていたところにこの問い。多分、霖は日常生活のことを尋ねている。散歩に行きたい、野球でもしたい、外で飯を食いたい、いろいろ答えはあるだろう。しかし、今のこのタイミングで尋ねられた俺はすぐにその問いに答えられなかった。
「雨だったらー、どうしたいー?」
続けて霖が尋ねる。2つの、異なるシチュエーションに対する質問。それを並列された時、ふと俺の中にいいアイディアが浮かんできた。
そうだ、俺の告白はお天道様に任せてみるか。
明日晴れたら……そうだな、手をつなごうかな。
雨が降ったら、肩をそっと抱き寄せてみよう。
どちらでもない曇空だったら? 彼女を笑顔にしてやりたいな。そうだね、今でも頭を撫でたら喜んでくれる彼女だから、頭を撫でようか。
「明日の天気で決めるよ」
「お天気任せー、いいねー」
なんか自分の決意を見透かされたような気がしてドキリとする。多分、そんなことはないのだろうが。
逆さまにぶら下がっていて、昔の俺が描いたドヤ顔を相変わらずこちらに向けている。そのてるてる坊主と、自分の部屋にあるてるてる坊主に俺は心の中でつぶやく。
明日天気になれ
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