「おら、飯だ。さっさと食え、ガキ共」
あの火事から二週間後。
今日も今日とて、孤児院にクリスの声が響く。言葉はいつもと同じだ。
だがその口調は前と比べて見違える程、角が取れていた。テーブルに鉄鍋を置くときも荒々しくない。
「さぁ、盛るから早くしろ〜!」
「はぁい!」
「ぼく、ぼく!」
「わたしがさきだよ!」
「ほらほら、順番を守れお前ら」
そしてクリスが変わったことも、子ども達には分かったようだった。以前は彼を怖がって近寄らなかった孤児院の子ども達だが、今はクリスに対して心を開いており、近づいてくる。クリスはもう人気者だ。外で一緒に遊んだり、今のように最初にクリスにスープを盛ってもらおうとしたりする。
その様子を少し離れたところでじっと見ている者がいる。
「あなたの好物、シチューかしら、クリス?」
「おっ、アイシクル。帰ったのか」
今日、アイシクルは氷の女王のところに謁見に向かった。日帰りで、日が沈む頃には戻ると言っていたが、ちょうど今戻ってきたようだ。
「そこにいてよく分かったな。食うか?」
「必要ないから私は食べないわ。みんなで食べなさい」
いつものすまし顔のように見えるが、よく見たらその目からは鋭さが少し消え、口角が軽くつり上がっている。
クリスが変わり、それに対して孤児院の子ども達が変わったように、アイシクルもまた変わった。初めて会った時は冷たく、厳しい口調だったが、その態度が少しずつ柔らかくなっていた。一番印象的だったのは、クリスの食べ物の興味を訊いたことだろう。普通であればなんでもない会話だ。だが人間そのものにあまり興味を持っていなさそうだったグラキエスの彼女がそれを訊ねたのは、クリス個人への興味が出た象徴とも言えた。
ジャガイモとニンジンが入ったシチューの夕食が始まる。以前のような重苦しい空気はない。10人ほどの子どもと老シスター、そしてクリスはテーブルにつき、和やかに食事をした。
★
食事を終えて子ども達を寝かしつけ、明日の準備などの仕事をした後にクリスは寝る。割り与えられた部屋に向かう。必要最低限の物と、昔使っていた革鎧とクレイモアがある部屋だ。以前、ここにはベッドが二つあって、離れて置かれていた。しかし今はそのベッドはぴたりとくっつけられて置かれている。
「おかえり、クリス。さぁ、早く休みましょう」
先にベッドに入っていたアイシクルが言う。軽くクリスは眉を寄せる。状況としてはアイシクルのすぐ横で眠ることになる。アイシクルの方はどうか知らないが、クリスにはこれは辛い状況であった。ただでさえ、グラキエスが近くにいて心が冷え、人のぬくもりを欲する気持ちが掻き立てられる。多くの女を抱いたことのあるクリスですら、落ち着いていられない状況だった。
それでも、寝ないわけにはいかない。服を脱ぎ捨て、薄着姿になってベッドに左側から潜り込む。すぐに彼の腕にアイシクルの手が触れた。
このようにクリスとアイシクルのベッドがぴたりと寄せられるようになったのは、あの火事の日からだ。倒れたクリスとアイシクルはこの部屋に運ばれた。先にアイシクルが目を覚ました。そしてこのようにベッドをくっつけるように村人に頼んだらしい。
『横になって休みながら、クリスの腕のやけどを冷やすから、ベッドを寄せなさい』
と。そして今のように、横で寝ながらクリスの腕に触れてやけどを治したのだった。彼女のおかげかクリスのやけどはひどい跡にはならず、その後も何か問題が生じる様子はない。今も問題なく動く。
しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「アイシクル、これをいつまで続けるんだ?」
「さあ……? いつまでかしらね?」
クリスの問いにアイシクルは心ここにあらずと言った調子で生返事をした。うぅ、とクリスは唸る。相変わらずアイシクルからもたらされる冷気で孤独感が掻き立てられる。その状態で目の前にいるのは、絶世の美女。強気そうで釣り上がっているがどこか優しさをたたえている瞳、厳しいけど優しい言葉を紡ぐ小さくて可憐な口、伸びやかな手足、透き通るような青い肌。どんなに高名な芸術家が作った彫像でも絶対かなわない美しい女が自分の腕に触れている。
「……ふぅ」
落ち着こうと一つ息をつき、クリスは目を閉じる。アイシクルに触れられている部分から、爽快感が伝わってくる。しかし、アイシクルの姿を視界から消しても落ち着かなかった。
『……無理もないか』
目を閉じたまま、自嘲するかのようにクリスはくちびるを歪める。はじめはツンケンしていてムカつく奴だと思った。もたらされる冷気と孤独感も不快だった。そうだったのに……いつからだろうか。氷の女王の命だとは言ってもずっとついてきてくれてい
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