「おら、飯だ。さっさと食え、ガキ共」
無愛想でつっけんどんな言葉とともに、大きな鉄鍋ががつんとテーブルに置かれる。そんな乱暴な置き方をしたのはクリスだ。呼びかけた子どもは近寄らない。スープのお椀を持ったまま、テーブルから少し離れたところで恐る恐ると言った感じでクリスを見ている。苛立ったようにクリスは腕を突き出す。
「さぁ、盛るから早くしろ……!」
クリスの声に苛立ちが混じったのを感じ取った子ども達はおずおずとクリスの前に進み出て、お椀を差し出した。お椀を受け取るとクリスは無造作にスープをその中に入れて子どもたちに渡す。鍋の粗雑な置き方からは想像しにくいが、スープはこぼれない。食に困ることもある傭兵ゆえ、食べ物を無駄にしないよう、こぼしたりすることは許されないのだ。
10人ほどの子どもと老シスター、そしてクリスはテーブルにつき、ジャガイモとニンジンが入ったスープの食事を始めた。部屋にはスープをすする音と、はふはふと冷ます息の音だけが響く。誰も一言も発しない。その沈黙はスープに夢中になっている物ではなく、どこか重苦しい物があった。その中で、クリスは真っ先に食事を済ます。素早く食事を済ませるのは、戦争で鍛えられているのだ。
「……クリス、ちょっと来て」
クリスが食事を終わったのを見計らったように、アイシクルが姿を現す。クリスは軽く舌打ちをした。アイシクルと会ってそろそろ一ヶ月経つが、未だに彼女の魔力によりもたらされる寒気と孤独感に慣れない。できればクリスは彼女と接したくなかった。加えて、こう呼び出されたら小言を言われるのがお約束だ。いい気分のはずがなかった。しかし、彼女の命令には従わなければならない。今、自分があるのは彼女のおかげなのだ。
「……ごっそさん。片付けまでには戻る」
そう言ってクリスはテーブルを立ち、アイシクルに続いて出て行った。ふぅ、と子ども達と老シスターが一斉に息を吐き出す。彼がその場からいなくなると同時に、重苦しい雰囲気も消えた。そのことを、彼は知らない。
★
「……なんだよ?」
二人は裏口から出た。ポケットに両手を突っ込んで壁に寄りかかりながらうんざりしたようにクリスが言う。その壁の建物は、孤児院だ。
アイシクルに助けられてしばらくして、クリスはここで働くこととなった。彼が仕事を探すのは少々苦労した。この村は雪山の中にあるため、傭兵などは雇っていない。ゆえに彼は仕方なく力仕事を探そうとしたのだが、宿屋の者からも市場の者からも、怯えたように断られた。そんな彼が次に訪ねた先が、この孤児院だった。孤児院の管理人である老シスターも少々クリスには怯えた様子であったが、それでも彼を受け入れ、使っていなかった一室をクリスと、彼を見ているアイシクルのために空けてくれた。
こうしたことがあってクリスは孤児院で働いているのだが、なかなかうまく行かない。アイシクルに呼び出されて説教をされるのはこれで3回目だ。
「なんだよ、じゃない。何なの、あの鍋の置き方は?」
「……おマナーの説教か? あいにくだが俺は……」
「そうじゃない。他にもあの口調とか……何なの? 子ども達は怯えていたわよ。分からないの?」
少し、クリスは詰まった。クリスとて自覚がないわけではない。この孤児院に転がり込んで一ヶ月弱経つが、未だに彼は子どもたちに馴染んでいない。ある程度は彼は子ども達に馴染もうと努力をした。しかし、彼が話しかけると子ども達は顔がひきつるのだ。そして向こうから話しかけてくることはまずなかった。
「……分かってるさ」
「じゃあ何で態度を変えないのよ」
「変えられたら苦労しねぇよ。ってかお前こそ態度を変えろとかなんだとか偉そうに言う割には具体的に何も言わないじゃねぇか」
言われてアイシクルも詰まる。彼女をやりこめて少しクリスは気分がスッとした。しかし、少しだけ。傭兵一筋で生きてきた彼は口喧嘩などでも負けまいとしていた。それで負けていたら依頼主に良い様な額で仕事を依頼されたり、街のならず者に金を奪われたりするからだ。そして相手を口喧嘩で打ち負かした時はいい気分に浸れた物だった。だが今は、少し申し訳ない気分になる。なぜかは分からない。
「だいたいにしてアイシクル。フロワアイルとか言う奴はなんでお前を俺につかせたんだよ。人間に興味がなくて感情がないようなお前を」
「……知らないわ。私はフロワアイル様の命に従っただけよ。そんなあなたにこそ、私の方から前から訊きたかったことがあるわ」
質問の答えを濁してアイシクルは話題を変える。普段のクリスだったらそこで逃げるんじゃないと強引に追求を続けて相手を困窮させていた。しかし、アイシクルが訊ねた内容に思わず言葉が詰まり、それができなかった。
「なんで貴方は孤
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