「くそっ、寒い……それに眠い……」
巨大な両手剣、クレイモアを背負った男は吹雪で荒れた雪山をぶつくさとつぶやきながら歩いていた。しかし彼の格好は革鎧にマントというだけの格好。お世辞にも雪山を越えるとめの服装とは言えない。はっきりと言ってしまえば、この格好で雪山に来るとは、愚の骨頂だ。だが、この男がこの格好で雪山に来たのは、止むに止まれぬ理由があった。
先日、とある場所で戦争があった。この男、傭兵稼業のクリスもその戦争に参加した。傭兵とはケチ商売なもので、実際にはあまり戦わない。傭兵同士で小競り合いを演じて見せて、キリのいいところではける。本当に働く場面は、村への攻撃と略奪だろう。クリスもその戦争でとある村の略奪を命じられた。しかし、相手の国の王はそのように略奪をされ、戦争に参加していない人間まで被害に会うのを許さない人物だった。クリス達が行こうとしていた村の途中に伏兵が用意されていた。傭兵部隊は壊滅。クリスも命からがら逃げて、そして逃げた先がこの雪山だったというわけである。
★
「……ちくしょう、このままだと凍え死んでしまうぜ……」
一歩一歩、足を進めながらクリスはつぶやく。しかしその足つきは頼りなく、彼の頭もたれていた。この雪山なら、敵の追撃を受ける心配はない。しかし、このまま雪山で倒れてしまうことも十分に考えられた。
「いやだっ、死にたくない! まだまだ美味いもん食いたいし、女も抱きたい……!」
弾かれたように彼の頭が上がる。生への執着心が彼の足を、身体を突き動かしていた。歩き続けても助かるあてはないが、このまま倒れるよりは何倍もマシだ。
「もしかしたら、イエティが助けてくれるかもしれないしな……」
そんな非建設的なことを考えながら、クリスは吹雪の中を歩き続けた。
どのくらい歩き続けただろうか。一度立て直したクリスの心が再び折れようとしていた。それをさらに煽るかのように、急に風がさらに強くなった。
「くっ……やっぱり、ダメなのかな……ここで俺は……」
そう思った時、彼はふと目の前に人影がある気がした。飢えと寒さと疲れで見えた幻覚か……いや、そうではなさそうだ。その影はこちらに近づいてきているようだ。
影の形からして、女のように見える。この吹雪の中、平然と歩けるのはイエティくらいなものだろう。助かった! クリスはそう思った。
「おーい!」
クリスが手を振った。速度を変えずに、影は近づいてくる。手を振る前から向こうはこちらを認識していたようだ。
『しかしなんだ……どんどん寒くなっている気が……』
マントをさらに身体に巻きつけながら男は考える。
やがて女は、はっきりと姿形まで認識できるところまで近づいてきた。魔物娘ではあったが、その女はイエティではなかった。かと言って、ジパングに住む雪女でもなかった。
この吹雪の中、女はほとんど服らしい服を身につけていない。胸はメタリックな胸当てのようなもので包んでおり、腕や脇腹、脚には雪や氷をモチーフにした装飾品やをつけている。それ以外は何も身につけていない。むき出しになっている肌は水晶細工のように青く、透き通るような美しさだ。そして髪はオーロラのように、幻想的なグラデーションをした色だった。
氷の化身。
そんな言葉が似合う、美しい魔物娘だった。
「私は氷の女王・フロワアイル様の下僕、グラキエスのアイシクル。人間の子よ。このようなところで何をしている?」
アイシクルと名乗った魔物娘はふわふわと浮かんで男を高い位置から訊ねる。その口調は氷の化身の姿どおりに冷たく、見下ろす目も冷ややかだった。
「俺は……」
クリスは口を開いた。だが、それより先に助かったという気持ちが先に来た。そのままドサリとクリスは雪に突っ伏す。
「ちっ……面倒な人ね。正直、この男がどうなろうと私の知ったことではないのだけど……仕方がない……」
アイシクルがそう言っているのを遠くで聞きながら、クリスの意識は闇に飲まれた。
★
「うぅう……」
クリスは呻き声を上げた。どのくらい眠っていたのだろうか? あるいはすでに自分は死んでいて、ここは死後の世界なのかもしれない。しかし、今の自分の呻き声は現世の空気を震わせていると思う。
「気がついたかしら」
クリスの呻き声に応える者がいた。意識を失う直前に聞いた、あの冷たい声。確か……
「アイシ……クル?」
「気安く呼ばないで、人の子」
果たしてグラキエスのアイシクルがクリスを見下ろしていた。
クリスは身体を起こしてみた。自分は木造りの部屋にいて、そこのベッドに寝かされていた。部屋の隅では小さな暖炉があり、部屋を暖かくしている。窓からはキラキラと太陽の日差しが差し込んでいた。そしてそ
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