「ふぅ、重たかったぁ」
とある反魔物国家のとある街……
そこの隅の小さな家に帰宅して、ルビアは手に持っていた篭を下ろした。
中にはパンや野菜、干肉などが詰まっている。
彼女は今しがた、市場の買い出しから帰ってきたばかりだ。
「ゆっくりしている余裕はないわね。エメットも近いうちに帰ってくるだろうから早くお夕飯の準備をしないと……」
椅子に座って一息ついたルビアだったが、すぐに立ち上がって篭を開けた。
なお、エメットと言うのは彼女の弟である。
他に肉親はいない……
二人が幼いうちに母親は亡くなっている。
男手一つで二人を育ててくれた父も、息子が大工の職に就くと、それを見届けて安心したかのようにこの世を去った。
この小さな家はエメットのお金でなんとか暮らしているという状態だ。
朝から夕方まで弟は一生懸命働いている。
ならば自分もちゃんと働かなくては……
「まるで妻みたいね」
食材を整理しながら、独り言をつぶやいて一人ルビアは笑った。
取り出した食材を今日使う分だけ釜の近くに置き、使わない分は倉とも呼べないような倉の中にしまう。
そして夕食の準備に取り掛かる。
目の前にはニンジン、じゃがいも、干肉、黒パン、そして……見慣れぬキノコと黒い皮の果実。
「果物なんて贅沢な物は買わないんだけど、安かったからたまには……それにこのキノコも……」
キノコと果実を手に取り、少し困ったような表情でそれらをルビアは見比べた。
これらを手に入れた経緯を思い出す……
「お嬢ちゃん、何かお探し物でございやすか?」
市場を歩いていたところ、不意に横から声をかけられてルビアは驚いた。
声がした方向を見ると、全身をローブですっぽりと覆ったような人がこちらを見上げている。
先ほどの声と小柄な体格から、どうやら女性のようだ。
彼女のすぐ横に大きな箱を置かれていた。
「ふぅむ……篭の中にはパンや干肉……見たところ夕食の買い出し……と言ったところでございやしょうかねぇ?」
女性にしては低い声で、そしてどこか変な調子の訛りのある声で彼女は訊ねる。
「え、ええ……これからお野菜を買いに行こうかなと思っていたところで……」
このどこか不気味な女性を無視しても良かったのだが、どういう訳かルビアは立ち止まり、彼女の問いに答えていた。
ルビアの答えに何か反応を示すわけでもなく、女性はじっとルビアを見つめる。
彼女の目はエメラルドのような緑色で、瞳はきらきら光る、というよりむしろ光を吸収するような不思議な目をしていた。
思わずルビアは彼女と目を合わせて黙ってしまう。
しばらくして女性はふぅむ、と嘆息とも考え込む声とも付かないような唸り声を上げて箱を開けた。
「あたしもいろいろ売ってやすよ。あたしはこの箱を持って世界を回る行商人でございやして……」
無造作に箱に手を突っ込んで取り出したのはいろんな種類の芋やキノコだ。
彼女の目に引き込まれていたルビアだったが、ハッとして商品を見渡し、そして軽く眉を寄せて遠慮がちな声を上げた。
「あ、あの〜……私は貧乏な家の者ですので、このような珍しい物は……」
「高くて買えない? 安くいたしやすぜ。そうさね……銀貨で、これでいかがでございやしょう?」
指を二本立てて商人はルビアに値段を示す。
ルビアは目を丸くした。
こんな珍しい品物が銀貨二枚だなんて、安すぎる。
エルシオの日給の十分の一強、パンおよそ一日分。
貧しいルビアの家でも、数日間少しだけ節約すれば十分手が届く値段だ。
何か裏があるのではないか……疑わしそうに目を細めるルビアに、女性はヒェッヒェッヒェッと妙な笑い声をあげた。
「こんなものあたしの故郷じゃ珍しくもなんともない代物でございやすし……それに腐っていたりなんだりするわけでもなし。ほら……」
おもむろに女性はキノコの一つを取って口元のローブを寛げる。
現れた可愛らしい口で、彼女はがぶりとそのキノコに噛み付いた。
そのまま口の中で咀嚼し、飲み込む。
「うぇー……生じゃやっぱりちょっと渋い……でもスープとかにすると、美味いでっせ。いかがでございやしょう、お嬢ちゃん?」
歯型をつけたキノコは置いておき、同じ種類のキノコを女性は差し出す。
茎が短くて傘が広いキノコだ。
そしてなんといってもキノコが何かぬめった粘液にまみれていて妖しげな光沢を放っているのが目を引く。
「珍しいかね? 遠い東の国、ジパングにゃおんなじような【なめこ】ってキノコがあるんですがねぇ……」
あいにくそれは仕入れてないけど、と女性は苦笑する。
しばらくルビアはそのキノコを見つめていたが、やがて一つ肯いた。
「分かりました、買います」
「ヒエッヒエッヒェッ……毎度ありぃ……ついでにデザートはいかがでございやしょう?」
銀貨を受け取るなり女性はさらに話を進めていく。
再
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