「餌代にこれだけ、維持費にこれだけ……売上と比べて……ムキーっ! 」
女は髪を掻きむしり、ダンっと机を両手で殴った。
この女、ヨランダ・ヘイストンはとある小さな牧場の主の妻である。
牧場の会計を担当しているのだが、赤字になっているらしい。
キリキリとヒステリックな悲鳴を上げている。
ひっつめ髪のためにむき出しになった額、とてもグラマーとは程遠い痩せ気味で高身長な身体、普段からつり上がっていてさらに怒りでつり上がった眉が余計に彼女のヒステリー気味な性格と今の調子を際立てている。
イライラと彼女は指でタタタン、タタタンとテーブルを叩く。
「あ〜もうっ! いっそのこと鶏卵を取り扱うのはやめて、役立たずな鶏はさくっと鶏肉として出してしまおうかしら……!」
「今戻ったぞ〜」
合理的かもしれないが物騒なことをヨランダがつぶやいているその時、のんきな、だがどこか怯えていて情けない調子の男の声が響いた。
ヨランダがいるリビングのドアを開けて声の主が入ってくる。
この男がチャック・ヘイストン、この牧場の主だ。
片手にパンや野菜が入った篭を抱え、もう一方の手に大きな真鍮製の牛乳タンクを抱えている。
「飼料は小屋の方に置いてきたよ……よっこいしょ……」
「あんたっ!!」
荷物を置いた夫にヨランダが詰め寄る。
「なんなのっ、その馬鹿でかい牛乳は!? うちは二人暮らしなんだからこんなにあったって仕方がないじゃないのっ!」
会計を見て赤字だったこともあり、機嫌が悪かったヨランダはキンキンと叫ぶ。
両手で耳を軽く塞いで顔をしかめながらも、ボソボソとチャックは答える。
「いや、でも余ったものはバターにでもすれば……」
「それに、野菜の他にこんな凝ったロウソクを買って! アロマキャンドルとかは高いって知っているでしょう!?」
篭を軽く漁り、中で嗅いだことのない香りを発していたローズピンク色のロウソクを取り出してヨランダは叫ぶ。
香るロウソク、それも見かけない物ということは舶来品だったり手に入りにくい貴重品だったりして、決まって高いはずだ。
牧場経営がうまくいっていないところにこんな高いものを買ってきた夫に妻のヨランダは激昂した。
「一体いくらしたのっ!?」
「いや、このミルクとハーブと他一部の野菜を合わせて、銀貨3枚だった」
銀貨3枚……この国ではおよそ、パン一日分だ。
チャックはかなりいい買い物をしたと言える。
高いと思っていたから怒鳴りつけていたのに値段を聞かされ、ヨランダは口を噤んだ。
だがその表情は相変わらず不機嫌だ。
妻が黙ったのを見て、チャックは話を変えた。
「それはともかく、夕食にしよう。お腹がペコペコだよ」
「……ふん!」
ヨランダは鼻を鳴らし、夫が帰ってくる前に作っておいたスープを温め直しはじめた。
その間にチャックはテーブルの会計帳を片付け、買ってきたパンを2つ並べる。
さらに、買ってきたロウソクに火を灯した。
甘い香りがリビングに漂う。
「……いい香りだね」
スープを運んできたヨランダがポツリとつぶやく。
そう言われてチャックの顔が嬉しそうに輝いた。
「これを売っていた商人は、イライラしたときとかにこのロウソクは良いって言っていたんだ」
「なにさ、それをわざわざ買ったってことは、あたしがいつもイライラしてるって言いたいのっ!?」
どんとスープをテーブルに乱暴に置いてヨランダは目を向く。
そんなことはないと震え気味な声でチャックは弁解するが、本音は裏腹なのは明確だ。
ふん、とヨランダが鼻を鳴らし、食事にしようと示す。
軽くお祈りをして、パンと水っぽいキャベツのスープの食事が始まる。
食事中は二人共言葉を発しない。
夫婦仲はあまりよろしくないのだ。
ヨランダはとある村の貧しい家庭の三女として生まれ、幼いころは苦労した。
年頃になって彼女は結婚することになったのであるが、その男が今の夫、チャックである。
牧場主と結婚できると言うことで貧乏から脱することができると喜んだ彼女だったが、現実はそう甘くはなかった。
チャックは上の兄二人が流行病で亡くなったからその牧場を継いだ三男……そして継いだ牧場も経営が地を這っているような状況だ。
貧しい幼少時代、結婚への希望からの失望、働き者だが愚鈍な夫……
これらが今のガミガミ屋な彼女を作り上げたのだった。
夫のチャックも三男という二人の兄に押さえつけられていたからか気は強くなく、今の妻にも尻に敷かれている状態である。
そして二人のあいだには子どももいない……
二人の関係はギスギスしたものであった。
「ごちそうさま」
ロウソクの甘い香りが漂う中、パンとスープの食事はあっと言う間に終わってしまった。
チャックが立ち上がる。
「せっかくだからこのミルクをデザートにでも飲もう」
「そうだね」
夫の提案に珍しく
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