悪戯の誘い

「トリック オア トリート!!」「トリック オア トリート!!」
小さな教会の外でたくさんの子どもたちの声がする。
はいはい、と返事をしながら教会の主であるシスター・タリスは扉を開けた。
「こんにちは、可愛い子どもたち。お菓子が欲しいのですか?」
「はーい!」「ぼくも! ぼくも!」「わたしも! わたしも!」
魔女の姿、海賊の姿、東洋の忍者の姿、スケルトンの姿……様々な仮装をした人間の子どもたちがぴょんぴょんと飛びながら叫ぶ。
「はいはい、順番ですよ」
元気よすぎる子どもたちに苦笑しながら、タリスは彼らを一列に並ばせる。
そして篭から焼き菓子や飴を取り出し、子どもたちに順番に配っていった。
「どうもありがとう!」「うわー、これ美味い!」「……もそもそする」
お礼を言う者、嬉しい声をあげる者、文句を言う者……くちぐちに叫びながら子どもたちは去っていく。
気をつけなさいねと手を軽く振って、シスターは扉を閉めた。
自分も子どもの頃はああして回ったっけ……
幼い頃に主神の教えを叩き込まれ、慎ましく生き、欲望を押し殺していたシスター・タリスにとってハロウィンは子どもらしく無邪気におねだりができる数少ないイベントであった。
『だからこそお礼はちゃんと言ったものですが……』
最近の子どもはお礼を言わない者がちらほら見られる……
これも時代の流れ、仕方がないのかもしれない……
そう考えていると、扉がとんとんと遠慮がちに叩かれる。
「おや」
ようやく来たか……そう言った感じでタリスは扉を再び開けた。
玄関には少年がひとりポツリと立っていた。
精一杯の仮装だったのだろう。
ボロボロのベッドのシーツらしきものをすっぽりとかぶってゴーストの仮装をしている。
顔は見えないが、その可愛らしいゴーストの正体をタリスは分かっていた。
エフェル……近所に住む子どもの一人だ。
とある理由で先ほどの子どもたちと馴染めず、一人でいることが多い。
「あら、可愛いゴーストさん。私に何かご用かしら?」
「ト……」
蚊が泣くような小さな声でゴーストの仮装をしている少年はつぶやく。
だが緊張のためか言葉がそこで詰まってしまい、それ以上言えずにもじもじしている。
そんな彼をタリスは急かすことなくニコニコと笑いながら見つめ、彼が言葉を紡ぐのを待った。
「ト……トリック オア、トリート……」
「はい、よく言えました♪ お菓子をあげなきゃ悪戯をするのですね? あ……」
そう笑いながらバスケットに手を突っ込んだタリスだったが、その顔が曇る。
バスケットの中には欠けた焼き菓子が一つしか残っていなかった。
どうもさっきの子どもたちが予想以上に人数が多かったみたいだ。
目の前のゴーストにあげる分のお菓子がない。
「とりあえず入りなさい。お茶くらいは用意できるから……」
「そ、そんなことをしなくても……」
「いいからいいから」
半ば強引にタリスは少年を教会の中に入れる。
そして扉を閉めた。
「ふぅ……」
緊張が解けたかのように、タリスが詰めていた息を吐き出す。
それと同時に彼女の頭と腰からぶわっと何かが現れた。
頭からは角が伸び、腰からは黒い羽毛に包まれた翼が広がり、さらにずるりと先端がハート型の青い尻尾が生える。
そう、シスター・タリスの正体は人間ではない。
この街に密かに潜伏し、堕落神の教えを広げようとしているダークプリーストだ。
「……」
目の前のシスターが魔物の正体を表しても、少年は平然としている。
実は何度も見慣れているのだ。
そんな彼にダークプリーストのタリスは言う。
「エフェル、あなたもそれを脱いでいいですよ」
「……」
こくりと、エフェルと呼ばれた少年は頷き、もぞもぞとシーツで作った粗末なゴーストの仮装を脱いで畳んだ。
中から現れたのは痩せっぽっちで同年代の子にしては背も小さい少年だった。
何より目を引くのは、白に近い、灰色の頭髪……彼が先ほどの子どもたちに馴染めない、正確には仲間に入れてもらえない理由はこれだ。
この髪のせいで彼はいつも一人ぼっちだった。
そんな彼に手を差し伸べたのが、タリスであった。
彼はタリスだけに心を開き、二人は仲良くなった。
ある日、うっかり事故でタリスが正体を見せてしまったことがあったが、その時エフェルは怯えることなく、唯一自分を認めてくれている女性の真の姿を受け入れた。
自分の正体を知っても逃げずにいてくれたエフェルにタリスは歓喜し、そしてその頭髪のことにも触れた。
白い髪は、強力な魔物のみがもつ、特別な素敵な色だと……
こうして二人の結びつきは今まで以上になった。
それがほんのひと月ほど前のことだ。
「さて……ふーむ、お菓子がないのは困りましたねぇ」
形のいい顎に指を当て、かくりとタリスは首を傾げて見せる。
だが本当に困っている様子はない。
お菓子
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