魔物化したてのエルフの場合

森の中をひとりの男が歩いていた。
頭に帽子、肩には弓……その男は狩人だった。
しかし狩人にしては、服はなかなか仕立てがよく、動きにも高貴な雰囲気がどことなく漂っている。
かと言って、貴族が狩りに来たわけでもないようだ。
貴族か狩人なのか……どちらも正解であって、正解ではない。
この男、クロヴァ・グラントは上流階級の軍人の家の出である。
とある反魔物領の将軍の第三男だ。
将軍の息子らしく剣、槍、弓、戦術、どれをとっても優秀な彼だったが、彼は戦争を好まなかった。
特に彼は親魔物国との戦争を否定した。
戦争をする意味もないし、局地的に勝ててもそれをするだけの意義がない。
それを訴えた結果、処刑されなかっただけましかもしれないが、彼は将軍である父親に勘当された。
ゆえに彼はこの森で狩りをして生計を立てているのである。
今はちょうど、市場で獲物を売りさばいてきて、適当な食材を買い込んで寝ぐらとしている小屋に帰ろうとしているところだ。





「ん?」
もう少しで小屋といったところで、何かを見つけたクロヴァは目を細めた。
茂みから人間の脚のような物が伸びている。
すらりとした綺麗な生足で、女性のようだ。
血の匂いなどはしていないので、死骸ではないと思われる。
それでも警戒心を解かず、クロヴァはその倒れている人物に近づいた。
「大丈夫か?」
はたして、長い金髪を持った女性がうつぶせに倒れていた。
クロヴァは女性に手をかけ、軽く叩いてみる。
意識は失っていたが、そんなひどい状況ではなかったようだ。
すぐに女性はうーんとうめき声を上げて顔をクロヴァの方にひねり、そしてうっすらと目を開けた。
開けるなり身体を起して身構える。
「だ、誰だ……? ニンゲン、か……?」
ややかすれた声で女性はつぶやく。
ニンゲン、と言う言い方にはひっかかったが、間違ったことは言っていない。
クロヴァは肯いた。
「ああ、この森に住むクロヴァだ。大丈夫か?」
「……ニンゲンと交わす言葉など、私は持ちあわせていない……!」
クロヴァの言葉を聞くなりその女性は目を背け、吐き捨てようにそう言う。
だが、それと時を同じくして、ぐぅーとお腹が鳴った。
「……お腹空いているの?」
拒絶されるような言葉を言われて涼しい顔はできなかったが、かと言って無視もできなかった。
今腹がなったと言うことは、彼女はおそらく空腹で倒れたのだろう。
屈辱的だと言わんばかりに顔を赤くして視線を落とす彼女に、クロヴァはそっと携帯食料を差し出した。
「くっ……そ、そんな……ニンゲンの、手の加わったもの、など……」
女性はくちびるをかんでいるが、横目でちらちらと携帯食料を見ている。
彼女のプライドか、食欲と生存欲か……天秤は後者に傾いた。
いきなりぱくりと女性はクロヴァの持っている携帯食料に食いつく。
クロヴァは驚いて携帯食料を手放したが、彼女は素早くそれを手にとり、ガツガツ食べつづけた。
よほど腹が減っていたのだろう。
携帯食料はあっという間に彼女の胃袋の中に消えた。
「あの……まだお腹空いているかい?」
クロヴァは訊ねる。
ないよりマシとは言え、彼女が食べたのは申し訳程度の携帯食料。
おそらくこの場で分かれると彼女はすぐにまたこの森のどこかで倒れてしまうだろう。
それに日も沈みかけている。
事情はよく分からないが、彼女の人間を目の敵にしているような態度は気に食わないが、彼女を今この森に放置するのは得策ではないとクロヴァは判断した。
「……ふ、ふん…もうお前などから施しを受ける気は……」
まだ意地を張る彼女だが、おそらく彼女もそのことは分かっているのだろう。
言葉には勢いがあまりない。
それに加えてまた腹の虫がぐーっと鳴った。
押すチャンスだと判断し、クロヴァは食べ物のことをちらつかせる。
「さっき市場でいろいろ買ったよ。パンとか、キノコとか野菜とか……もう暗くなっているし、俺の小屋に来たほうがいい。」
「パン、キノコ、野菜……」
うつろな声で彼女が食べ物の名前を復唱する……
そしてついに、彼女のプライドのような物が砕けた。
「……私が生きるためだ。勘違いして心やすくするなよ」
目線を逸らしたまま立ち上がり、彼女はクロヴァの横に並んだ。
一応は命の恩人と言えるようなクロヴァに対してこの態度なので、彼は軽く肩をすくめた。
「来てくれ。こっちだ」
クロヴァが歩き出すと、一歩ほど右斜め後ろから彼女がついてきた。
改めて見てみると、森をひとり歩きするにはあまりにも軽装だ。
武器らしい武器も持っていない。
だが手足にはほどよく筋肉が乗っており、そこいらの村娘は愚か、本調子ならならず者も相手にならないのではないかと思えた。
それでいながらその手足には女性らしい可憐さは残っている。
女性らしいのは手足だけでない。
髪は、
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