静かに砂塵が舞う訓練場のグラウンド……そこにポツリと鎧を身につけた訓練用の人形が置かれている。
その周囲には誰もいない。
訓練後なのに誰も片付けなかったのか……いや、そうではなかった。
ビュンッ!
疾風が巻き起こり、次の瞬間にはその訓練用の人形が地面に叩きつけられて跳ね上がり、宙を舞った。
「おっと、また派手にやりすぎたな」
おどけたような声が訓練場に響く。
疾風によって巻き起こっていた砂埃が消え、声の主が姿を表す。
黒い軽鎧を身にまとい、手にはランスを持った30才ほどの男だ。
先ほどの訓練用人形が吹っ飛んだのは彼の攻撃によるものだったらしい。
普通は槍の一撃だけでこんなに人形が吹っ飛ぶことはないのだが……
「やれやれ、別に威力があるのはいいし戦闘でも使えるんだけど、訓練だと人形をいちいち立て直さないといけないんだよな、よっと……」
一人苦笑いしながらぶつぶつとつぶやきながら、その男はトサっと地面に降り立った。
ワイバーンから降りたのだ。
そう、この男は竜騎士である。
先ほどの槍の一撃は高いところから急降下しながらの一撃だったのだ。
鎧をまとっている人形でも吹っ飛ぶのも納得である。
「この人形もボロボロになってきたし、そろそろ修理時かなぁ……よいしょっと、んっ?」
人形を立て直そうとする男の手が止まる。
彼は背後から何者かに抱きつかれていた。
「ねぇジェイク。急降下攻撃を決めたら訓練はおしまいって約束でしょう? さっさとそれは片付けて……ね?」
男、ジェイクの耳元に甘い声がかけられる。
女の物だ。
そうだったなと笑ってジェイクは自分を抱きしめている女の手を取る。
だが取ったその手は人間の女の物ではない。
爬虫類のような鱗に覆われている。
人間ならざるのは手だけではない。
ジェイクを抱きしめている者の前腕からは緑色の皮膜に覆われた翼が広がっている。
また今はジェイクの目からは見えないが、彼女の腰からは蛇のような尾が太く長く伸びており、そして脚も手と同じように鱗に覆われていた。
その人ならざる部分はまるで竜。
竜といえばさっきまでジェイクが乗っていたワイバーンだが……そのワイバーンの姿は消えていた。
そう、今このジェイクに後ろから抱きついている女こそ先ほどのワイバーンの真の姿である。
「お前の言うとおりだな。訓練はこれで終わりだっ!」
人形をずるずると訓練場の隅っこの方に引きずって行きながらジェイクは言う。
彼の後ろをちょこちょこと、人の姿に戻ったワイバーンはついて行く。
そんなワイバーンにふとジェイクは訪ねた。
「それにしてもサラ。お前、また急降下の速度が上がったんじゃないか?」
「そうかしら? でも……うーん、そうかもね。前よりもさらに飛ぶのが良くなったみたい」
少し考えていたワイバーンのサラだったが、すぐにジェイクの言葉に頷いた。
「でもあたしの急降下の速度が速くなったとしても……ジェイクの突きのタイミングは相変わらずぶれなかったじゃない」
「まぁな。お前の息に合わせるくらいは何とかできるさ。何年、お前のパートナーをやっていると思っているんだ」
人形を隅の方に置いて振り向いたジェイクがニヤリと笑いかけてみせる。
その笑みは親友や戦友、相棒に向けるような信頼していて裏表がない、爽やかな笑みだった。
同じような笑顔を彼の相棒であり、戦友であるサラは浮かべて頷く。
が、その笑みがまた別の物に変わる。
「そうよね、あたしが赤ちゃんだったころから18年ね……あなたをあたし以上理解している者は、世界中どこを探してもいないはずよ……」
その笑みはとろけていて、まるで恋人に向けるような笑顔……
いや、まるでではなく、実際にそうだ。
二人は竜騎士と竜……戦友であり相棒であり、家族であり育ての親と子であり、幼馴染であり、そして……恋人である。
「サラ……」
「ジェイク……」
熱っぽく互いの名前を呼び合い、身体を密着させる。
サラの背中にジェイクのがっしりとした戦士の腕が回され、ジェイクの身体がサラの腕と翼によってすっぽりと包まれた。
ここはとある山岳地帯の村、ベルクオロス……ジェイクとサラはそこに住む。
元々は反魔物領にあって他国の侵略から国を守る防衛拠点として作られた砦だった。
戦争が終わってから村として人々が住むようになったのだが、傭兵くずれの山賊にしょっちゅう襲撃されることに困っていた。
もっとも防衛拠点として作られた村なので、被害は少なかったが、それでも悩むことには悩んでいた。
その山賊たちを追い払ったのが旅をしていたジェイクとサラだった。
始めは魔物とそのつがいを警戒していた村人たちだったが、ジェイクたちが山賊を追い払ったら彼らを信用し、村の一員として温かく迎え入れた。
今ではベルクオロスは周辺の森にも野良の魔物娘が住む、反魔領
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