「んっ、く……! ふぅう!」
深夜のアパートの一室……押し殺したような声とぴちゃぴちゃという水音が部屋に響いている。
声を上げているのはケンタウロスの風歌だ。
左手はシーツを握り締め、右手は口に人差し指を噛ませて声が漏れないようにしている。
そんな彼女の人間側の下腹部あたりに顔を寄せているのは、彼女の恋人、高橋 賢吾だ。
二人は高校時代からの付き合いであり、硬式テニス部の先輩と後輩で風歌の方が先輩だ。
風歌は部活の中では結構な実力で大会にも何度か出たことがあったが、引っ込み思案でおとなしく運動音痴な賢吾はずっと球拾いばかりしていた。
そんな賢吾をなぜか風歌は気に入り、アプローチをかけ、自分から告白し、自分から性行為を誘い……そして今に至る。
種族の特性もあって強気な上に先輩だった風歌と、気弱で後輩な賢吾……高校・大学を卒業した今でも風歌の方が主導権を握っている恋愛だ。
いつも賢吾の上に立ち、引っ張ってきたからだろうか。
彼女は何事も主導権を握ろうとし、勝とうとする。
今も風歌は気持ちいいのに声を漏らすまいとしていた。
まるで声を出したら賢吾に負けるとでも言うかのように。
本番の際も声こそ出すが、彼女は意地でも賢吾より先に果てようとしない。
「んくっ……賢吾、もういい。そろそろ挿れてくれ……」
もう少しでイクと言うところで風歌は賢吾にクンニリングスを中止させる。
名残惜しそうな様子をかすかに見せたが、すぐに言われたとおり賢吾は口唇愛撫を止めた。
「今日は……どっちがいいですか?」
賢吾が前の膣に挿入するか後ろの膣に挿入するかを訊ねる。
男なら女の気持ちを察するか、あるいはたまには強気に出て自分の気分を優先させればいいものを、賢吾は風歌の希望を訊ねる。
別に嫌味でもわざわざ口に出させる攻めでもなく、機嫌を伺うかのように訊ねるのだ。
引っ込み思案らしい彼の問いに風歌は眉を軽く寄せながら口を開く。
「今日は、そうだな……」
少し考えた風歌だが、何かを思い出したようにハッとした。
ちょっと待っていろと言って、風歌はハンドバッグを漁る。
目的の物はすぐに取り出せた。
それは小瓶で、中にぶどうジュースのような濃い紫色の液体が入っている。
「何ですか、それは……?」
「実は……」
訝しげな顔をする賢吾に風歌は説明する。
風歌もまた玲奈と別れた後、ファスネット・サバトの魔女に声をかけられていた。
そして今持っている小瓶も玲奈と同様、サンプルとして渡されたものだ。
「という訳で賢吾。飲むんだ」
「こ、これをですか? すっごく怪しいですけど……」
「大丈夫だ。あのファスネット・サバトの商品だぞ? そんな危ない物は売ってないはずだ……それとも、私の薬が飲めないか?」
風歌の目が少し鋭くなる。
賢吾の背筋がピンと伸びた。
「いえ、はい! 飲みます! ぐっ、ごく……んっ!? んぐぐ!?」」
小瓶の蓋を開け、一息に飲み干した賢吾だったが、瓶を空にしたと同時に胸を押さえて苦悶の声を上げた。
薬が不味かったわけでも、気管に入った訳でもない。
「お、おい! 大丈夫か!?」
ファスネット・サバトの商品なのに危険な物だったのか、あるいはアレルギーでも起こしたのか、風歌の胸に不安感がよぎる。
だが薬は確かに正常に効いていた。
幸か不幸か。
「ぐおおおおおおおおお!」
今まで聞いたことのないような咆哮を賢吾が上げた。
それと同時に賢吾の身体がメキメキと音を立てて変化する。
「きゃあああああ!?」
直後に風歌の尋常でない悲鳴が長く響いた。
「な、何よこれぇ!?」
風歌がパニックに陥った悲鳴を上げる。
彼女は今、両手と馬の四つの脚を縛られて宙に持ち上げられ、自由を奪われていた。
その手脚を縛っているのは、薬と同じような紫色をした、ぬめぬめと妖しげな光りを放つ長いもの……触手。
そう、賢吾が飲んだ物は触手薬……服用者を一時的に魔界に存在する触手植物に変化させる薬だったのだ。
自分の恋人がそのような異形の物と化したらパニックに陥りそうなものだが……
『あ……でもこの触手から、賢吾の臭いがする……』
精に敏感な魔物である風歌はこの触手と賢吾が姿こそ違えで同じ存在であると認識できていた。
その臭いが風歌を少し落ち着かせていた。
とは言え、状況は静観できるような物ではない。
風歌を縛っている他にも彼女の周りで幾本もの触手がうねうねと、自己の存在を主張するかのように蛇のようにうねっている。
常に淫らなことを考えている魔物娘がひしめくところに生息する触手、そして薬の影響でそれと同じ存在になった賢吾……これから起こりうることは一つだ。
『私、これからこの触手に犯されるんだ……』
一見、触手に陵辱されると言う絶望的な状況であるのだが、その触手が賢吾であるという認識が出来ているからだろう
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