稲荷の琴葉

「えーっ!? 大地、もっと遅くなるんっ!?」
携帯電話を手にしたまま琴葉はソファーから立ち上がって叫ぶ。
「すまん、琴葉」
携帯の受話口から、琴葉の恋人の絞り出すような声が流れる。
今日、稲荷の琴葉は恋人の鈴木大地の家に遊びに来ていた。
二人は遠距離恋愛で、会うのは二週間ぶりである。
それだと言うのに今日、大地は帰る直前に急な仕事が入って残業することになった
「帰るのが一時間ほど遅くなる」と電話されたのが一時間前、そして今、さらに遅くなると言われたところだ。
不満げに琴葉が頬と、三本の尾を膨らませる。
「もうっ! 今日は大地とぎょうさんおしゃべりして、夕飯も仲良ぅ食べて、ぎょうさんエッチしたいと思うておったのにぃ〜!」
送話器に向かってまくし立て気味に言う琴葉。
彼女の言葉には京訛りが入っていてほがらかな印象を受けるが、かなり怒っている。
「本当にごめ……」
「もう知らへん!」
さらに謝ろうとする大地をピシャリと琴葉は遮った。
ショックを受けたように電話の向こうで大地が黙る。
実際に、かなりショックを受けているのだろう。
思惑通りとばかりに琴葉の口がにぃっと狡猾そうな笑みを作った。
確かに彼女は怒ってはいるのだが、大地と喧嘩したいほど怒っている訳ではない。
彼の早く帰りたいという気持ちも良く分かる。
今回のように、琴葉が来たのに大地の帰りが遅くなるということも以前に何回かあった。
だからこそ知っているのだ。
ただ「遅い!」と言ったり「早く帰ってきて」と言ったりするだけでは効果がないと。
もちろん「もう知らない!」と突き放すのも効果はない。
これは次の戦略の布石だ。
黙ってしまっている大地に琴葉は怒っている調子で続ける。
「こうなったら……大地が帰って来はらないのなら、うちが一人でエッチしはるさかいにもうええっ!」
「うぇ、ええええっ!?」
琴葉の言葉に動転したような声を大地が上げる。
計算通りの反応だ。
普通の催促で効果がないなら、別の手段を使えばいい。
そして魔物娘の得意な手段と言えば、色仕掛けだ。
とは言えいつもの大地だったらただ彼を楽しませてしまうだけの結果となっただろう。
だが今は、琴葉に拒絶されたかのような言葉でショックを受けている状態だ。
思考が乱れているその状態で色仕掛けをされたら冷静な判断ができず、自分の誘いに乗るだろう。
そう琴葉は考えたのだ。
どすんと音を琴葉はソファーに座り込む。
音を立てたのも受話器の向こうにいる大地に聞こえるようにするためだ。
「こ、琴葉?」
音はちゃんと大地に聞こえたらしく、そして琴葉の宣言が本気だと分かったらしい。
戸惑い気味な声を彼は上げた。
「え、ええか大地? ほ、ほんまにうち、一人でしちゃうんやからねっ!」
自分から自慰をすると言ったのに、琴葉の声は震えていて、顔も羞恥で真っ赤になっている。
琴葉は幼いころは山奥で暮らしており、他の魔物と交流がなかった。
それゆえか、彼女は他の魔物と比べて性に関して奥手で羞恥心が強かったりもする。
自慰を電話越しに大地に聴かせるというこの状況も、頭が爆発しそうなほど恥ずかしい。
だが……そのことが彼女の心を性的に高ぶらせてもいた。
身体の奥が、特に蜜壷が熱くなって潤み始めている。
やはり彼女も魔物娘……三本の尾を持つ稲荷なのだ。
性に対する欲と楽しむ気持ちは他の魔物と勝るとも劣らない。
「ね、大地……」
媚びるような声を出しながら、琴葉は携帯電話を持っていない手をプリーツミニスカートの中に入れる。
スカートの中のショーツを片手でくいくいと引っ張って下ろしていき、そしてそのまま脚から抜き取った。
「今、ショーツを抜ぎはったよ。濡れて汚れたらあかんさかいね」
電話ゆえにこの状況をみることができない大地のために、琴葉は実況してみせる。
頬は相変わらず羞恥心で赤かったが、一度始めたら腹がくくられたのだろう。
もう声は震えていなかった。
ショーツを適当にソファーの上に放り、琴葉は行動を進める。
サマーセーターの上からじっくりと自分の胸を揉み始めた。
「んっ……今、自分の胸を触っているんやよ。この手を大地の手だと思って……うっ、ふぅん……」
甘い吐息をつきながら琴葉は胸を揉み続ける。
電話の向こうで大地がゴクリと唾を飲み込んだ気がした。
『ああ、大地……うちの自慰、聞いてくれてはるんやな……そいで、興奮してくれてはるんかな? もう、大きくしてはるかな?』
電話の向こうで、仕事中のはずの大地はどんな表情をしているだろうか。
顔を恥ずかしそうに赤くして、何とか仕事に集中しようとしながらもつい自分の自慰を聞いてしまっているだろうか。
それとも仕事などそっちのけで耳に神経を集中させて自分の自慰を聞いているのだろうか。
大地の様子をそれぞれ想像して、琴葉の気持ちが
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