ふと、俺は目を覚ました。
いつの間にか寝てしまったらしい。
「あら、目が覚めた?」
横からいきなり声をかけられた。
「えっ!?」
声がした方向に首を向けると、ネイビーのタンクトップにジーパンといった格好の優香さんが俺を見下ろしていた。
その後ろにはハンガーにかけられている俺のスーツとワイシャツ。
ここは優香さんの部屋だ。
『ああ、そうだ……俺は……』
これまでのことを俺は思い出す。
優香さんの店に上がるなり、俺は眠りそうになった。
そこを優香さんに止められ、甚兵衛を借りて優香さんの寝室に寝かされたのだ。
今まで知らなかったが、二階は優香さんが住んでいる部分らしい。
二階は店と同様に狭く、部屋は寝室とユニットバスルームだけで、その部屋に短い廊下が挟まれているだけだった。
寝室も四畳半の部屋に箪笥と棚が詰め込まれており、布団はちゃぶ台を退かしてやっと敷くことができるほど狭い。
「気分はどう? 二日酔いになっていない? 風邪ひいてない?」
優香さんが尋ねてくる。
俺は首を横に振った。
幸い酒は残っておらず、寝るときは優香さんが厚手の布団を貸してくれたお陰で風邪もひかなかったようだ。
「良かった。それじゃ、朝ごはん食べられそう?」
「はい。いろいろすみません」
「ううん、気にしないで」
そう言って優香さんは部屋から出ていき、3分ほどしてから、湯気を立てているおわんを持って戻ってきた。
おわんの中身は鳥肉と溶き卵がはいった卵粥だ。
匂いを嗅いで俺の腹がぐーっと鳴った。
「いただきます」
「熱いから気をつけるのよ」
俺は粥を受け取り、れんげですくって口に入れた。
薄めだけど味をしっかり感じることができ、さらりと食べやすい。
鳥肉は消化しやすいササミだ。
熱いと優香さんは言ったけど温度はちょうど良く、俺は貪るようにして粥を食べた。
そんな俺を優香さんはいつものようにジッと見ていた。
いや、いつもとは少し違う気がする。
目がいつもと比べて鋭さがなく、どこかとろんとしていた。
頬もやや紅く、上気しているみたいだ。
『熱があるのかな? やっぱこんな時に来ちゃったのはまずかったな……これ食べ終わったら、早く帰らないと……』
ササミを食べてしまい、俺は立とうとした。
「すみません、迷惑をかけました。俺はこれで……」
「帰るの? その格好で? この雨の中?」
温かい緑茶を出しながら優香さんが鼻を鳴らす。
そうだ、そう言えばスーツは今干してもらっている状態で、まだ乾きそうにない。
今の俺は優香さんに貸してもらっている甚平姿だった。
外はしとしとと雨が振っている。
「驚いたわよ。あの雨の中、傘もささずに店の前で声なんか上げてドアを叩いていたんだから」
優香さんが俺を見ながら言う。
その目は批難というより、どちらかというと俺に何があったと聞きたげな感じだった。
口に出して直接質問はしないけど、俺が話したくなければ話さないでもいいけど、それでも疑問なものは疑問……そんな目だ。
「……裏切られたんです」
ぽつりと俺は昨日のことを話し始める。
酒が抜けた状態だと、まるで他人事のように冷静に状況を説明できた。
俺が相談していた親友に企画書の内容を盗用されたり俺が不利になるようなアドバイスをされたりしたこと、その影響で企画書が通らなかったこと、極めつけにその親友に彼女を奪われたこと……
「とまぁ、散々な目にあったわけですよ、ははは……一番信頼していた二人に裏切られて、もう誰も信じたくなくなりましたね」
「大変……だったわね……」
俺の話を聞いて、優香さんは搾り出すようにつぶやく。
その苦しげな声で俺は、重たい話を病気で休んでいた人にしていたということに気付いた。
「すみません、体調不良なのに急に押しかけて、こんな話をしちゃって……」
「体調不良?」
優香さんが目を丸くする。
「あれ? 以前、言っていたじゃないですか……優香さんが3日ほど休むのは病気療養みたいなもんだって……」
「……そういえばそう言ったわね……うん、間違っていないわね」
どこか優香さんの言い方がはっきりしない。
もしかしたら、熱でボーッとしているのかもしれない。
病気療養って言うほど重たいものじゃないのかもしれないが、はたから見ると熱っぽい感じはする。
「ええっと……何を言っているのか良く分かりませんが、休んでいるところに押しかけて重たい話をしたのは悪かったです、すみませ……」
「本当よ……酷い男だわ、あなたは……」
「えっ?」
まさか酷いだなんて言われるとは思っても見なかった。
どういう意味か訊ねようと口を開こうとする。
だが、できなかった。
優香さんが俺の胸板に顔を乗せ、しなだれかかっていた。
「ゆ、優香さん!?」
「酷い男……私が本当に病気だとでも思った? 魔物娘がそう簡単に病気になるはずが
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録