「ちちうえ、ちちうえ!」
7歳になる私の娘が、のんびりと本を読んでいる私のところにやってきた。
しおりを挟んで本を閉じ、私は娘に向き直る。
娘は何か思いつめたような表情をしており、すべすべの額に小さなしわを作っていた。
「どうしたんだいソレーヌ」
椅子から降りて私は娘の頭を撫でながら、安心させるように微笑んだ。
しばらくソレーヌは嬉しそうに、だがそれでも何か困ったようにもじもじとしていたが、やがて切り出した。
「ははうえは、わたしのことをうとましくおもっているのでしょうか?」
娘の思わぬ発言に私は思わず彼女の頭を撫でる手を止め、目を見開いて彼女をまじまじと見てしまった。
ソレーヌは自分がそう思う理由を列挙していく。
「だって、ルナよりわたしのほうがおこごとがきびしいし、けんのおけいこもルナよりわたしのほうがきびしいし……」
ちなみにルナと言うのは今年で4才になる私と妻の娘で、ソレーヌの妹だ。
4才と7才じゃ説教も剣の稽古もやることややらせることがだいぶ違うはずだが、それが分からないのはやはり子どもだからだろう。
「あと、なにより……」
ソレーヌはうつむいて一番の理由を口にする。
「わたしはダンピールですから……」
なるほど……ついに自分が何者で、ダンピールがどういう種族であったかを知ったか……
ダンピールは、ヴァンパイアがインキュバスになる前の男と交わって産まれることのある突然変異種である。
私も今でこそインキュバスだが、妻のソワレがソレーヌを身ごもったころはまだ人間だった。
それはともかく、ダンピールの持つ魔力はヴァンパイア達からまるで日光のように力を奪い、ニンニクのように思考力を乱す。
もはや存在だけでダンピールはヴァンパイアの天敵となりうるのだ。
ソワレもソレーヌに近づかれるだけで力を失い、頭の回転も鈍くなる。
また、ダンピールは高慢なヴァンパイアのプライドをへし折り、男に素直になるように調教することもある。
ダンピールの存在を疎ましく思うヴァンパイアも少なくはない。
それらを知ってしまったのだろう。
「そうか……」
私は再び娘の頭を撫ではじめた。
父親がまだ人間で、母親が夫を下僕のように扱っていたら、ダンピールである彼女はそのことに苛立っただろう。
だが、私はソレーヌが生まれた時にはインキュバスになっていた。
私と妻は仲睦まじく暮らしており、ソレーヌもそれを見て育った。
母親に対して苛立つことなどないし、むしろソレーヌは母親のソワレのことも大好きである。
抱っこや頭を撫でることを母親にせがむのも良くあることだ。
だからこそダンピールである自分のその行為が、そもそも存在が、母親を苦しめていないか不安になっただろう。
そんな7才のソレーヌのいじらしい気持ちが、私には痛いほど伝わった。
「確かに、母さんはお前に近づかれるとフラフラになっちゃうな」
そう、確かにそれは事実だ。
だが……彼女は大きな勘違いをしている。
「それでも母さんはお前のことを抱きしめ、頭を撫でてくれる……違うか?」
母親としての義務などではなく、ソワレはダンピールのソレーヌを抱きしめ、可愛がる。
ソレーヌはハッと顔をあげ、そしてこくんと一つうなずいた。
「それから剣の稽古だがな……」
確かにソレーヌには少し厳しめに稽古が付けられている。
ルナが7才になった時と比べればおそらく今のソレーヌの稽古の方が厳しいはずだ。
だがこれにはれっきとした理由がある。
前に述べた通り、ダンピールの魔力はヴァンパイアを弱体化させる。
万が一、教団の人間がやってきて私を殺して妻たちにも襲いかかったとき、弱体化するソワレはソレーヌを守りながら戦うことはできないはずだ。
だから少しでもソレーヌが一人で戦えて自分の身を守れるようにするために厳しい稽古を付けている。
本当は全面的に守ってあげたいと思いつつも娘に多少の無理を強いた、母親の親心の葛藤から出された苦渋の選択だ。
「そして……これは見たことがないからお前は分からないだろうなぁ……」
「……?」
ソレーヌが生まれたとき、ソワレがどれだけ喜んだか……その喜び様はダンピールのソレーヌの時もヴァンパイアのルナの時もまったく変わらなかった。
今でも私は覚えている。
『こんにちは、私とマルクの赤ちゃん……生まれてくれて、ありがとう……』
生まれたのがダンピールであったことは多少驚いてはいたが、産声を上げるソレーヌを抱きしめて頬擦りをし、嬉し涙を流しながらそう言っていた。
ヴァンパイアとして、妻として、女として魅力的なソワレだが、あの母親としての美しさは忘れられない……
「ちちうえ?」
「ああ、すまない」
娘の声が回想に浸っていた私を現実に引き戻した。
「ともかくだ。母さんはお前のことを愛している。ルナと比べてどっちかなんてことはないし、ダ
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