ざざーっ
寒気と滝のような音で我に返る。
土砂降りの雨の中、歩道の真ん中に俺は立っていた。
「あ、あれ? 俺は……うぐっ!?」
圧迫するような不快感が喉と腹部に起こる。
雨水がごうごうと流れている排水溝の近くにしゃがみこみ、俺は嘔吐した。
胸の不快感とともに胃の中にあったものが口から吐き出され、排水溝に流されていく。
『俺は確か……』
漠然と記憶が蘇ってくる。
ショックを受けた俺はその足でフラフラと居酒屋に入った。
そこでは酎ハイ、梅酒のロック、ウイスキーなどを飲んだはずだ。
居酒屋を出たら電車に乗って、自宅の最寄り駅である木立駅まで来たのだが、着いたときにやはり飲み足りないと思った。
そのまま駅近くの居酒屋に入り、また酒を飲んだ。
日本酒や焼酎など、強い酒を立て続けに飲んだ。
看板娘らしい提灯おばけに大丈夫かと尋ねられるほどだ。
心配してもらったのに俺はうるさいと叫んでまた酒を注文した気がする。
そしてどのくらいか時間が経ったかは分からないが、俺はその店を出た。
雨が降りそうだからということで傘を勧められたが、それを断って家に帰ろうとした。
そこから先は記憶がない。
『ここは……どこだ?』
見渡してみると、道路の対岸に木立商店街のゲートが見えた。
ここまでくれば、自宅までもう一息だ。
だが……
「うっ……へっくしゅん!」
寒さに俺はくしゃみをした。
夏に向かっている雨とはいえ、濡れるとやはり寒い。
だがそんな寒さより、今は心が寒い。
『ははっ……心が寒いだなんて、随分センチメンタルな言い方じゃないか……』
寒さでカチカチと歯を鳴らしながらも、俺の口は苦笑のような形を作る。
だが、今の俺の様子を表すのにはピッタリの気がした。
心が寒い……こんな状態で家に帰ったら、もっと酷い状態になりそうだ。
誰かに愚痴を聞いてもらって、優しい言葉をかけてもらって温めてもらいたかった。
『さっきの店で提灯おばけのあの人にうるさいとか叫んでおきながら……甘ったれてるよな、まったく……』
もう一度俺は苦笑を漏らし、そして立ち上がった。
フラつくことはなかったが、酔いと雨に濡れて重たくなったスーツのせいで動きは緩慢だった。
立ち上がった俺はその足を、対岸へと渡るために横断歩道へと向ける。
ここまで来たら、とことん堕落してみよう。
そして明日からまた仕切り直しだ。
ゲートをくぐり、ほとんどの店が営業時間外で閉店して閑散としたアーケードを歩く。
『あ、明日は土曜日か……なら、明日を気にすることもないんだな』
俺はまた苦笑を漏らした。
アーケードの四分の一ほど来たところで小道に入る。
俺は【黒串】に行くことにした。
そこで酒を飲んで美味い焼鳥を食って、優香さんに愚痴って、それで帰って寝て明日は力を蓄えよう。
だが……
運命の女神はとことん俺を痛めつけたいらしい。
黒串は閉まっていた。
『なぜだっ!?』
時計を見てもまだ0時を回ったあたり……居酒屋が店を閉めるにしてはちょっと早い時間だし、黒串も本来なら1時までは開いている。
掻き入れ時でもある金曜日と土曜日にそう店をすぐに閉めるはずがない。
そして店の周囲には普段から漂っている肉の焼ける匂いや炭火の匂いがしなかった。
2階建ての焼鳥屋はシーンと静まり返っている。
『と言うことは、今日は不定休日?』
優香さんは時々、店をなんの前触れもなく3日ほど連続で休む。
一度、もろにその日に来てしまったことがある。
後日なぜ休んだのか聞いてみたが「病気療養みたいなものよ」と、優香さんらしくブラックハーピーらしく、ぶっきらぼうな調子で返事が返ってきた。
そして今日はその日らしい。
店の入口にも今日から3日間休むと、雨に濡れた貼り紙があった。
「うっ、ううう……」
俺の口から嗚咽のような呻き声が漏れた。
明かりが灯っておらず、固く閉ざされている扉はまるで俺を拒絶しているように感じる。
いや、これは逆恨みだ。
優香さんには優香さんの事情がある。
有賀や曜子の理不尽な裏切りと異なり、仕方がないことだ。
だが、立て続けに傷ついた俺はそんな気持ちにならざるを得なかった。
「あああああ……!」
駅で有賀と曜子を見たときから抑えられていた咆哮のような嗚咽が俺の口から漏れる。
そして俺はガツンと両手で扉を叩いた。
「誰っ!?」
突然、二階の窓が開いて声が響く。
はっとそちらの方を向いてみると、優香さんが顔を覗かせていた。
「うぇっ!? 優香さん……」
まさかそんなところにいると思っていなかった俺は固まってしまう。
そんな俺を優香さんはジッとあの鋭い目で見つめた。
ヤバい……これはさすがにしでかした。
休んでいる夜中にいきなりやってきて奇声をあげて店のドアを叩いた。
出入り禁止になったって仕方がない。
押し黙っ
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録