ワーキャットも走るほど忙しい年末に誰が持ってきたのだろう、クリスマスなんか……
似たような内容の歌をちょっとエッチなグループ名のデュオが歌っていた。
クリスマス自体はとある宗教のイベントだが、それを恋人向けのイベントに変えてしまったのは誰だろうか?
案外、ジパングに住むリリムかもしれない。
そんな訳で、その宗教とは縁の薄い魔物娘でもこのイベントには熱をあげる。
人間も魔物娘も早く仕事を終わらせて恋人と聖なる(性なる?)夜を過ごそうと奮起して仕事をしている。
恋人がいない人や魔物はどうするのだろうかと心配していたが、そこは妖狐の金田 美鈴とアオオニの大丸 静香が合コンをセッティングしていたようだ。
お陰で私の係の者はみんな士気が高い状態で仕事に取り組んでいた。
そういう私も、仕事が終われば部下で恋人の吉田とクリスマス・イブを過ごす。
初めて恋人と過ごすクリスマスだ。
吉田はこの日のために頑張ってオシャレなレストランを予約してくれたらしい。
そしてその後は……
いけない。
この後の夜のことを考えていたら、マンティスらしくもなく、胸を躍らせていた。
顔もにやけていたかもしれない。
しっかりしなければ。
私は止めてしまっていた仕事の手を再開させる。
と、そのとき
「梅軒ちゃ〜ん」
課長の猫撫で声が聞こえた。
悪い予感に思わず私は固まる。
私だけじゃない。
オフィスの空気が凍りついた。
そんな空気にお構いなく、課長は言葉を続ける。
「経理の方から計算が合わないって来てさぁ……それをちょっとやって欲しいんだけど……」
課長から、決算書の束と経理からの決算の誤りの指摘の書類を渡される。
今日のこの時間にとんでもなく面倒な仕事が来たものだ。
「……期限はいつまでですか?」
「なるはやで!」
「そんな、漠然となるべく早くと言われても……、……?」
言いながら書類を流し読みしていた私の目が、ある点で止まった。
提出期限は12月23日になっている。
つまり昨日。
さすがに経理もクリスマス・イブにややこしい仕事をしたくなかったのだろう。
だが、決算の再提出の期限までに提出されていない。
「これ、提出期限が昨日ですが……?」
「いやぁ、俺も他の接待とかで忙しくてさ。このあともお得意様との会議があってそっちの方にいかなきゃいけなくてさぁ〜」
……何となくカンで分かってしまった。
お得意様……おそらくキャバクラなのだろう。
呆れて物が言えない。
だが、経費の計算が合わないとお金が降りないため、私たちには死活問題だ。
そして、私たちには断る力がない。
「……分かりました」
「やってくれるの!? ありがとー! いやー、梅軒ちゃんマジ天使だわー! という訳で、よろしく!」
足取り軽く課長は出ていく。
そのあまりにも無責任かつ自分勝手な言動に、冷静で無感動な種族のはずのマンティスの私でも、ハラワタが煮えくり返る気持ちだった。
「係長……」
吉田の気を使うような声で我に変える。
その声で我に帰り、オフィスを見渡すと、みんな怒っていた。
静かに怒りを燃やしている者、どろんと死んだような目をして怒りを表している者、課長を追いかけて殴ったりしたいところを必死で抑えている者……みんな怒っている。
だが……仕方のないことだ。
私は頭を下げてみんなに頼んだ。
「みんな……ギリギリまでの時間を……私に分けて欲しい……」
夜の10時……なんとか私と吉田は仕事を終えて会社を出ることができた。
実に大変な作業だった。
一人、また一人、さらにひと組……と、次々社員がデートのため帰宅するなか(彼らのクリスマス・イブまでを奪うわけにもいかないので、帰すことにした)、みんなで一つ一つ領収書を確認して計算ミスがないか何度も何度も確認した。
それでも、経理から指摘された31’500円の誤差が生じてしまう。
八方塞がりになり、皆で頭を抱える。
この状況を打破してくれたのは、意外にも普段は仕事をしょっちゅうサボっている金田だった。
課長がいなくなり、他の社員が見ていないときを見計らって課長の机を引っかき回したらしい。
すると、グシャグシャな領収書が出てきたのだ。
その額、きっかり31’500円。
どうやら数字だけ提出されていて、この領収書が提出されていなかったらしい。
これで解決。
決算書の訂正版を経理に提出しに、そして経理の人間に頭を下げに行った。
残っていてくれていた経理の社員は「まぁ、自分はクリスマスの予定はなかったですから」と言っていたが怒っていた。
しかしそれは、大丸と金田が合コンに誘ったことで、機嫌がなおった。
これで経理の人間からの印象も少しだけマシになっただろう。
しかし……
「さすがにレストランはもうダメですね……みどりさんとクリスマス・ディナー、楽しみにしていたのに……」
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