「んぅ……」
うめき声を上げて私は目を覚ます。
快感の余韻で頭も身体も少しだるい気がするが、調子は良さそうだった。
起き上がろうと手を大地につく。
ぬちゃ……
手に触れたのは硬い地面ではなく、紫色の粘液だった。
見てみると私の周囲に紫色の粘液が広がっている。
メジストのものではない。
彼女は私から少し離れたところに立っていた。
じゃあこれは……
「おはよう、ようこそこちらの世界へ♪ どお、ダークスライムになった気分は?」
メジストが話しかけてくる。
『ダークスライムになった気分?』
大地についている手を見てみる。
それはメジストと同じ、透き通った紫色の粘液で出来ている。
脚も、お腹も、胸も、そこにかかっている髪も、みんな紫色のスライムで出来ていた。
そして私の胸元にはメジストと同じ、子どもの落書きのような顔があるコアが浮かんでいる。
『わたし……ダークスライムなんだ』
人間ではなくなったことに悲しみはない。
むしろすがすがしい気分だ。
今までキツく縛り付けられていたものから全て解放された感じだった。
身体を起こして立ち上がる。
とそのとき、何かが私の頭からずり落ちた。
それは、レスカティエ軍の暗殺者に支給されるベレー帽、兄が被っていたものだった。
「あ、それなんだけど、どうもあなたの大事な思い出の品だったようだから、溶かさずに残しておいたわ」
マークだけは変えちゃったけど、とメジストはいたずらっぽく笑いながら言う。
なるほど、レスカティエの紋章はダークスライムのコアのようなマークに変えられていた。
『兄さん……』
ダークスライムになったことで兄はどう思うだろうか?
仮にも反魔物立場のまま死んだ兄だから……軽蔑するだろうか?
一瞬チクリと胸が痛む。
でも、兄とした約束
「笑ってあの世の兄に会いに行く」
という約束は果たせそうだ。
今まで笑えなかったが、自分を硬く凍り付け、縛り付けていたものがなくなった今、笑うことが出来る。
……だが、何か足りない。
足りないのは……
『ああ……』
脳裏から兄に代わって一人の男の姿が浮かび上がる。
偶然だけど山賊に私が捕まっていたのを助けてくれた男、私を優しく扱ってくれた男、教団の暗殺者人形になりかけていた私に人間らしい心を保たせ続けてくれた男……
その人間らしい心が魔物になったことで一気にふくれあがり、私の心と身体をどうしようもないくらいに火照らせる。
「もう行ったほうが良いわ。欲しいんでしょ? 彼が……」
メジストもそれを感じ取ったらしく、私にそうささやきかける。
「あたしも、男を捕まえに行くわ。それじゃ、達者でねん♪」
そう言い残してメジストは去って行った。
しばらく私はそれを見送っていたが、我に帰る。
こうしてはいられない。
ぐずぐずしていたら他の魔物に彼を取られてしまうかもしれない。
私は跳躍する。
今までのどの跳躍よりも高く、早く、スムーズな跳躍だった。
とろとろなスライムの身体だが、暗殺者だったころの身体機能は失われていないようだ。
屋根に着地した私はそのまま駆け出した。
彼の元へ……
「早く! こっちに避難するんだ!」
彼はある大通りで避難する市民の誘導をし、そこから先に魔物を通さないよう守備をしていた。
ほとんどの市民はもう魔物に捕まってしまったらしく、避難してくる者は極少数だった。
それでも彼は仕事を投げ出したりせずにその場を一人で死守しようとしている。
彼の正義感ぶりや人に対する優しさは人間だった頃から見ていて知っていたが、やはりさすがだ。
だから、彼が欲しい。
その優しさをもっと私に向けて欲しい。
その心も身体も何もかもが欲しい……!
ひゅんっ!
頭上から彼に襲いかかる。
不意を突かれた彼は私に押し倒された。
「おのれ、魔物……め……っ?」
威勢良く言って私をはねのけようとしたが、その手が止まり、言葉も尻すぼみになる。
「久しぶり、という言葉がいいかな?」
「き、君は……あの時、山賊に捕まっていた……!?」
彼は私のことを覚えてくれていたらしい。
嬉しくて私の心が温かく感じる。
あ、嬉しいなんて感情も久しぶりに感じるな……
「覚えていてくれたのね。わたしもあなたのことを覚えていたよ。ううん、あなたのことをしょっちゅう見ていた。あなたにあの時助けられたときから、ずっとあなたが好きだった。でも、わたしはレスカティエ軍の暗殺者だったから、あなたたちの前にそう姿を現すわけにはいかなかったの……」
話しかけながら私は彼の服を溶かしていく。
すぐに彼の兵士らしい、鍛え上げられた肉体が露になった。
「でも、もう魔物になったからそんなこと気にしなくていいの。好きなだけあなたとしゃべることができて、好きなだけあなたと交わることが出来るの」
「うっ、やめろ……それでも、お前は魔物……」
抵
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